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やっとの思いで「おやすみ」と送ったのは、無事家にたどり着いたときだった。 長い一日がやっと終わると思うと体の力がどんどん抜けていくのがわかる。 しかしすべてが抜けきる前にあることを思い出した。 マスターに予定が変更になったことを連絡しなくてはいけない。 もう夜も遅い時間ではあったけれど、余裕を持って昼前には店に行こうかと思っていることを伝えると、すぐに返事が来た。 『お疲れ様。大変だったみたいだね。ケーキ作ってくるって言ってたけど、大丈夫?なんなら、明日うちで作ったらどうかな?』 事情を知っている風なのは、結城くんから何か聞いていたのだろう。 『でも明日も普通に営業ですよね』 『いや、明日は貸し切りにすることにしたんだ。その方がいいかと思って。だから何も気にすることないよ』 マスターの気遣いに、今はただただ感謝の気持ちしかなかった。 これから明日の準備をすることはもうとっくに諦めていたので、明日起きてからのやるべきことを頭の中で組み立てていたわけだけど。 家を出る時間が早くなるにしても、こんな有り難いことはない。 いくら練習したからといって、まだ一人はいろいろ不安もあったから。 『じゃあお言葉に甘えて。材料は揃えてあるので、場所お借りします』 『わかった。なるべく手は出さないようにするけど、何かあったら遠慮なく言って』 『ありがとうございます。それじゃあ明日、よろしくお願いします』 『うん、とにかく今日はゆっくり休んで。おやすみ』 マスターにもお礼を考えないといけないなと思いつつメッセージを終えた。 これでとりあえずは一段落か。 着替えなど最低限のことを済ませて、もうほとんど無意識のうちに私はベッドに体を沈めた。 いつもより遅く起きた朝は澄み切った青空だった。 でも一歩外に出れば時折吹く風が冷たくて、春はまだ先のようだけれど、ここ最近の薄暗い天気を考えると今日は最高のお出かけ日和だ。 自分の服装にまで気が回っていなかったことに気付いて相当焦ったものの、なんとか遅れることなく喫茶つばきに着いた。 電車に乗った辺りから、もうずっと心は躍っている。 店の入り口に立つと、本日休業の札がかかっていた。 ここから入っていいものか考えて、ドアにある窓ガラスをのぞき込んだ。 すると中にいたマスターが気配を感じ取ってくれたのか目が合って、少し待っていると中からドアが開いた。 「おはよう」 「おはようございます。今日はお世話になります」 店内に入るといつもと変わらないはずなのに、少し緊張が走った気がした。 「とりあえず必要になりそうなものは一通り用意しておいたよ。好きに使ってくれていいからね。俺はこっちにいるから、何かあったら声かけて」 そう言いながらマスターはテーブル席の方を指さした。 「本当に何から何まですいません。お店も休みにしてもらっちゃって」 「いいのいいの、元々今日は休みにするつもりだったんだから。ほら、早くやらないと時間なくなるぞ~」 「あ、そうですね。じゃあ、お借りします」 荷物を持ったままカウンターに入って奥のキッチンまで進むと、テーブルの上には調理器具が並べられていた。 持ってきた材料を取り出していると、カウンター席からのぞき込むようにしてマスターの声が聞こえた。 「そういえば、エプロンは持ってきた?」 「いえ・・・」 材料は忘れないようにと何度か確認をしたけれど、エプロンを持ってくることは頭の片隅にもなかった。 「じゃあそこに置いてあるの使って、店のだけど。せっかくかわいい格好してるのに、汚しちゃったら大変でしょ」 「あ、ありがとうございます」 時間がない中で選んだので後悔や不安があったけれど、今のマスターの一言でだいぶ気分は軽くなった。 ケーキ作りに十分集中できる。 エプロンを着けると気合いが入るように、自然と「よし」と声が出た。
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