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窓の外、街の灯りが目立つ時間。
今日も今日とて、私は急を要するわけでもない残業に勤しんでいる。
「佐々木さん、まだ帰らないんですか」
「う~ん、もう少しかな」
「じゃあ私はお先に、失礼します」
「うん、気をつけて。お疲れ様」
ドアノブに手をかける後輩に軽く手を振って、気付けば今日もこのフロアで最後の一人となっていた。
だからといって嘆くことも、怒ることもない。
だって家に帰ったところで、何もやることがないから。
それなら、まだ仕事をしていた方がいくらかマシなような気がしていた。
この書類の締め切りはまだ先だしこっちも余裕あるけど、少し進めておこうかな。
そう思って、私は再びパソコンに向き直った。
時間や周りに一切意識が向かないくらいの集中力を発揮していたらしい。
急に視界に入ってきた缶コーヒーに、体が少しオーバー気味に反応した。
「お疲れ」
「び・・・っくりした。結城くんか、ありがと」
差し出された缶コーヒーを受け取ると、結城くんは隣のデスクの椅子に座って缶コーヒーを開けた。
「こんな遅くまで精が出るな」
「そんなことないよ。結城くんこそどうしたの、こんな時間に」
「明日朝一で打ち合わせなのに、書類忘れて取りに来た。そしたらこのフロアだけまだ明かりついてるから、もしかしてと思ったら案の定。佐々木がすげー怖い顔してパソコンと睨めっこしてた」
「え、そんなに?」
「眉間にシワ寄せてめっちゃガン飛ばして、あれは鬼もビビるレベルだね」
「何それ、やばいね」
笑いながらもらった缶コーヒーを開けると、やけに音が響いてそれまでの空気が嘘のように、フロア内は静まり返った。
心を覆うほんの少しの気まずさが、コーヒーの苦みからくるのかなんなのかわからずにいると、結城くんが明らかにトーンダウンして口を開いた。
「最近どうしたんだ?」
「何が?」
「よく残業してるみたいだから。それだって、そんなに急いでやる必要ないだろ」
「まぁ、でも、早めにやっておくことに越したことはないでしょ」
「確かに先を読んで動くことも大事だけど。ここ最近の佐々木見てると、何となく無理してる様な気がして、仕事に根詰めすぎて倒れるんじゃないかって心配なんだよ」
「結城くんは優しいね。さすが、完璧王子は本当に完璧だな~」
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