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レシピを見ながら手際よくとは言えないまでも、出来上がった生地を型に流し込んで、あとは焼き上がるのを待つだけとなった。 洗い物を片付けてしまおうかと蛇口を開けようとして、店の方からカランカランという音が聞こえてきた。 店の入り口にあるドアベルが鳴ったようだ。 休業の札が出ていたはずなのにと一瞬不思議に思ったけれど、きっと誰かが入ってきたわけではなくマスターが外に出たのかもしれない。 その音につられるようにしてキッチンから顔を出すと、入り口に人影があった。 曇りガラスがあるためこの位置からでははっきりと顔までわからなかった。 でも疑うことなく近づいて、マスターどうしたんですか、と声をかけようとして気付いた。 そこにいるのはマスターじゃない。 ここにいるからと言っていた席を振り返っても、マスターの姿はなかった。 代わりにガラス越しにいるこの人は一体誰なのか。 休業だと気付かずに入ってきてしまったお客さんか、マスターの知り合いか、それとも・・・。 どうしていいかわからず体が固まってしまって動けない。 でも頭の中ではグルグルと思考が駆け巡っている。 不審者だったらどうしようとまで考えはじめて、ふともう一度足元からその姿を見た。 同じ背格好の人を、私は知っている気がした。 いや、初めこそ焦って気付かなかったけれど、間違いなくあの人だ。 そう確信した瞬間、今までの心臓の鼓動がまったくの別物へと変わっていく。 どうして、だって、まだいるはずがないのに。 慌てて時計を確認すると、やっぱり約束の時間まではまだまだ。 やっぱり違う?でも違いないという思いに突き動かされるのとほぼ同時に、答えが出た。 「結城くん!」 私が足を踏み出すタイミングで、向こうも曇りガラスから飛び出すように姿を現した。 勢いのまま駆け寄って、わかりきっているのに全身を見る。 やっぱりそうだと嬉しくなって、でもなんで?と予想外なことに驚いて。 さっきとは違う意味でどうしたらいいのかわからず言葉が出てこない。 その様子を見て、結城くんはずっとニコニコと笑っている。 「ちょっと驚かせようかと思ってね」 驚いた?と改めて聞くこともないような質問に、私は必死で頭を縦に振った。 結城くんはフッと安心したように一つ息をつくと、 「実はもう一つあって・・・」 その時はじめて私はその存在に気付いた。 一応後ろ手に持ってはいたものの隠しきれていないのに、結城くんの輪郭ばかりを追っていてまったく見えていなかった。 結城くんは手に持つそれをゆっくりと私の前に差し出した。 「気に入ってもらえたらいいんだけど・・・」 それはドラマか何かで見たことはあるような、大きくて立派で素敵なバラの花束だった。 鮮やかな赤が、今まさに私に向けられている。 綺麗だな、と率直に思ったあとはしばらく呆気にとられていた。 バラと結城くんの顔を交互に見ながら口が開いていることに気付いて慌てて閉じて、またすぐに開いた。 「これ、どうして・・・」 「佐々木にプレゼント」 「な、なんで?私祝われるようなことは何も・・・それに、今日は結城くんの誕生日だし!」 「そうなんだけど、だからというか。お礼が言いたくなって」 微笑んだ結城くんの眼差しは優しく、どこまでも真っ直ぐに。 「出会ってくれてありがとう」
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