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「そんなことないですって。実際一番動いてたの結城さんじゃないですか」
「ぜひお礼がしたいので、このあと時間ありますか?」
「いいねいいね!飲みに行きましょう!」
「あー、ごめん。先約があるんだよ」
「えぇ~、もしかしてまたあの人ですか~?」
「佐々木さん、でしたっけ。本当によく一緒にいますよね」
「それ聞きたかったんですけど!なんであの人なんですか?見るからに普通だし」
「わかるわかる!可もなく不可もなくって感じ?どう頑張っても釣り合ってるようには見えないよね」
「王子の隣が似合う人なんてもっと他にいるのに、もったいないですよ」
実は私にすべて丸聞こえだということを知る由もない彼女たちは、流れるように遠慮のない言葉を吐き出しては笑い合っていた。
それは改めて言われなくても自分自身が一番わかっていることだったけれど、だからといって平然としていられるほど強くはなくて。
見えない何かが体中に細かい傷跡を残していくような感覚は、ここ最近よく感じるようになった。
しかしそれと同時に、そんな傷跡なんか初めからなかったみたいに一瞬にして消し飛んでしまう、まるで魔法にかけられるような感覚があることも知っている。
その魔法をかけてくれるのは、決まっていつも。
「見た目がどうかなんて関係ないよ」
フワッと風が頬を撫でるみたいに聞こえてきたのは結城くんの声だった。
物陰から覗いた彼の顔はいつものように微笑んでいたけれど。
何だろう?少し言葉に刺があるような・・・。
普段から怒るようなことは滅多にない彼だから、何だか珍しい。
しかし一度ギアの入った彼女たちは、止まらなかった。
「でも中身もヤバイとか噂あるの知りません?」
「噂?」
「あ、私も聞いたことある。五年も同棲してたのに別れるなんて、よっぽどの理由があったんじゃないかって話ですよ」
「実は二股してたとか」
「え、私は三股って聞いたけど」
「日頃のストレス発散するみたいにパワハラがひどかったって話もあったよね」
「隠してた性癖がバレて、ドン引きした彼氏が出ていったっきり帰ってこなくなったとかね」
そんな噂が流れていることを、当事者であるはずの私は今初めて知った。
もちろん根も葉もない噂だ。当事者の私がまったく身に覚えはないのだから。
火のないところにも煙は立つのかと驚いていると、これまた驚くくらいに温度の下がった声が響いた。
「それ誰が言ってたの?」
「誰かはわかりませんけど、結構みんな言ってますよ」
「だから、あの人はやめておいた方がいいと思います」
「結城さん、何か騙されてません?大丈夫ですか?」
どんどん彼の表情から色がなくなっていくように見えて、気付けば考えもなしに飛び出していた。
「あ、結城くんお疲れ様!」
「佐々木、お疲れ~」
良かった、笑った顔はいつもの結城くんだ。
「もう時間だけど、仕事終わらない?まだかかるようなら、私待ってるけど」
「え?」
「もしかして忘れてた?飲みに行くんでしょ」
「え?え?」
「予約の時間になっちゃうよ。それとも、仕事忙しいなら別の日にする?」
「行きます!今日行く!」
「じゃあ外で待ってるよ」
「うん、すぐ荷物取ってくるから。待ってて」
駆けだしていく結城くんとすれ違い様に見た女の子達は、ものすごい剣幕でこちらを睨んでいた。
それが何だか面白くて、私は吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。
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