宛名のない手紙

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『好きです』 たった一言だけの手紙が来た。差出人は不明。 (なんだこれ?) 新手の冗談かとも思ったのだが、こんなに手間暇を掛けて冗談をかましてくる友人はいない。 おまけに悲しい事に、見ず知らずの人間から惚れられる程見目は麗しくない。 (間違いかな?) そうとしか考えられない。 カードサイズの小さいサイズのそれは白くシンプル。 入れる場所をうっかり間違えてしまったのだろうと思い、宛先を間違えた差出人が引き取りに来るだろうと初めは無視していた。 ラブレターを送るくらいだから本人同士は知り合いだろうし、本命の相手が受け取っていないとなるとすぐに間違いに気付くだろうと思っていたのだが。 「え、また?」 あれから毎日のように例の手紙はポストに入れられていた。 好きですという一言から、どういう所が好きなのか。 直接会って言いたいけれど、勇気がなくて言えないだとか。 時には情熱的な言葉の羅列が、最初のシンプルさが嘘のように少しずつ紙も大きくなり、それいっぱいにびっしりと綴られている。 (もしかして、間違ってる事に気付いてない?) 前の手紙がそのままなのにも気付いていないようだ。 こんなにたくさんの手紙を本命ではなく第三者の自分に見られているだなんて可哀想に。 おまけに今時珍しい手書きの手紙。 あくまで想像にすぎないが、きっと素敵な人が書いているんだろうなあと妄想してしまう。 とはいえこのままにしておくわけにはいかない。 今更だが間違えだと教えなくては。 (返事も何もないというか放置されてる時点で気付いて欲しかったけど) どうやら手紙の主はうっかりさんらしい。 今までの手紙をひとまとめにして、その束にわかりやすくメモを挟む。 『送り先を間違っています』 シンプルだがわかりやすいだろう。 これでどこの誰だかわからないが、ちゃんと本命の元へと改めて届けられるはず。 (ちょっと良い事した気分だなあ) 意気揚々と職場へと向かい、仕事をこなしていく。なんだかいつもよりも仕事が捗ったのは気のせいだろうか。 家に戻り、いつものようにポストをチェックすると、手紙はまだそこにあった。 (なんだ、今日は来なかったのかな?) 仕方がない、そのままにしておこうとポストを閉めようとして気付いた。 (……あれ?) 朝との違和感。 それにはすぐに気が付いた。 自分の書いたメモがなくなっていたのだ。 なのに手紙の束はそのまま置いてある。 「……っ」 ぞわりと肌が粟立つ。 なんだか嫌な予感がする。 メモの代わりに挟まっていたのは一番最初に届いたカートサイズの小さな封筒。恐る恐る中を見ると、同じく小さな紙が折りたたまれて収まっていた。 ごくりと固唾を飲み、妙な緊張感の中でそれを開く。 そこには…… 『やっと返事をくれましたね』 そんな一文とともに、私の名前がはっきりと記されていた。 終わり
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