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春の虹 ~重なる月・1~
ずっと屋敷の前に佇んでいると、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。濡れるのも構わず立ち尽くしていると声がした。
俺が一番聴きたかった人の声だった。
「ヨウ……」
優しく名前を呼ばれて振り返ると、そこにはジョウが立っていた。
****
「ヨウ、濡れてしまうよ」
「どうしてお前が……ここに?」
「悪い、実はヨウの後をつけて来てしまった。珍しく背後の気配に気が付かない程、考え込んでいたな」
「ふっ……それはお前だからだ。お前の気だから意識していなかったのだ。それ位、気を許しているのだ」
少しはにかんだ笑顔をヨウが浮かべた。珍しいな、ヨウがこんなに優しく穏やかな笑みを浮かべるなんて……こんなにも私に心を許してくれているなんて嬉しくなる。
「ジョウ、中に入ってみよう。ここは俺の生家だ。16歳で家を出てから、何度かこうやって見つめていたが、入る勇気がなかった。でも今日お前となら大丈夫そうだ」
「そうだったのか。しっかり手入れがされていて立派な屋敷だな」
あたりを見回していると、中から年老いた使用人が慌てて飛び出してきて、ヨウに抱きついた。
「もしや若様でいらっしゃいますか!大きくおなりになって、もうこの世でお会いできないと思っていました!どうしてあれから一度もお寄りになってくださらなかったのですか」
使用人は興奮して、ヨウをまるで子供のように抱きしめた。ヨウは恥ずかしそうに顔を赤らめ咳払いをしながら、使用人の肩に手を置いて優しく諭した。
「や……やめろ!俺をいくつの子供だと思っているのだ!」
「ですが……若様のお帰りを本当に待っていました」
「あぁ長い間すまなかった。今日は俺の大事な友を連れてきた。俺の部屋はどうなっている?中に入れるか。この人と大事な話があるから、お前は食事の手配をしてくれないか」
「もちろんです!若様のお部屋なら、毎日手入れしていました。いつ帰って来られても良いように」
恐らくヨウが幼い頃は子守役だった使用人だろう。彼は涙を浮かべ愛情のこもった目で、素直に頷いていた。
再び私の方を振り向いたヨウは、何かが吹っ切れたような爽やかな眼差しをしていた。
「さぁ中に入ろう。今日は一緒にゆっくり食事をしよう。お前とゆっくり語りたいよ」
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