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寝酒を二人で囲みながら、ジャノルとケリャ王は寝室にいた。姫との関わり、そのほかにも、あれこれ情報を共有するためである。
ミリュア姫は昼間はケリャ王の案内であちこちを見学し、昼過ぎは大学や孤児院の訪問、そして夜は王宮に務める者との晩餐会と精力的に活動した。その彼女が王のつがいであることは、すでにあちこちで話題となっている。
一方で、王が彼女をつがいとして案じながらも、最低限の接触に留めている様子もあり、聡い者の中には『王は彼女を娶る気がない』と見抜く者もいた。
今のところ、あちらこちらでの噂の流布もあってか、話は良い方向へ進んでいる。
「準備がほとんどない状況ではありましたが、ようございました」
兄のラノルに諭されたものの、ジャノルは今まで通りの口調のまま、どうも一歩引いた姿勢を崩せずにいた。
「……ああ」
遠いところを見るような王の目に、ジャノルは不思議そうに首を傾げた。
「陛下?」
「……すまない。今日、ラノルが定期報告に上がっていただろう」
「ええ。確かに、兄上がいらしておりましたが」
「っ、ラノルは、何か言っていたか」
急くような顔つきで言われ、ジャノルは驚いた。
「え、ええ。あの、ミリュア姫についてです」
「……姫?」
「はい。良くも悪くも、裏のないお方だと。わたくしも、明日は彼女とあれこれ話してみようと思います」
にっこりと微笑むジャノルに、ケリャ王は探るような目つきで問いかけた。
「……それきりか?」
「……あ、あの、陛下。その、あの」
兄の助言に従うべきだろうか。ジャノルが悩んでいると、王は今まで以上に彼の体を抱きしめながら、疲れたように言う。
「姫にも言われたのだがな。やはり、あの方は、苦手だ」
「苦手ですか」
「お前の兄上だと思うと、何というか。お前のことを我以上に知る相手であり、かつ、お前が信頼を置く者だからこそ、緊張してしまう」
「緊張? 陛下がですか?」
驚いてジャノルが尋ね返すと、王は頷く。
「そうだとも。……お前は、シーアや兄上には、気安い口調を使うだろう。私には決して見せぬ雰囲気だ。それを想うと、いつしか、お前があの方に連れていかれるのではないかと、思ってしまう」
びりびりと、ジャノルの指先から音を立てて血の気が引く。
さあ、と青ざめた顔の中、まん丸く見開かれた眼は王の顔をくっきりと映していた。
ため息をついたケリャ王に、ジャノルの喉がひくりと鳴った。
「……何時から」
何時から、言葉遣いの違うことを、知られていたのかと思うと、ジャノルはまともに物も考えられなくなりそうだった。
「ずっと前からだ。シーアも含め、お前の元にいるのは我が侍従だった者が多い。それとなく、話は分かる。それに口調については、王妃教育の影響が大きいだろう……とやかく気にするものでもない」
気にしていない、というのは、本当なのだろう。ジャノルはさんざん悩んでいた自分が馬鹿そのもののように思えてならなかった。当然だ、王妃のことを王が知っておいて損はないし、秘密が多いほどに二人の関係はこじれてしまうのだから。
「だが、その」
「その?」
「……それは、我のせいもあるのだろうな」
ケリャ王の腕は、何よりも愛し気に、ジャノルの背をかき抱いた。
「姫に出会ってから、我もあれこれ、お前のことを考えるようになった。王妃としてではなく、お前自身のことだ。お前も、我と同じに生まれなければ、王妃ではない道を歩んでいたかもしれぬ」
ジャノルの中に生まれたのは、困惑だった。
王妃以外の暮らし方をする自分のことなど、長く考えたことがなかったのだ。
「……ジャノル、我が元にいるのは、辛くは無いか?」
問いかけられ、ジャノルの脳内に兄が言った「これまでの陛下ではない」という言葉を、やっと実感した思いだった。
王はこれまでも、ジャノルのことを似たような言葉で案じてくれた。王妃であること、王妃として側にいること、そのことの是非を問うてくれた。
それは王の優しさだと、誰よりもジャノル自身が理解していたし、そのたびに必ず『仕えることの喜び』を言葉や態度で返してきた。
(ああ、でもこれは……)
ケリャという、一角獣族その人が、自分を心配しているのだと、ジャノルは不意に理解し、呆然と目を見開くのだった。
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