予定、不調和

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予定、不調和

 王がつがいたる姫を遠ざけた。  その話は今のところ、あの宴に出席した者たちだけが知っている。言い換えれば、フェマル側にはよほどのことがない限り、伝わっていない事情だ。 「建前をどうするか、ですね」  侍従長のシーアに言われ、ジャノルは首を傾げた。  ぴろり、とシーアの口元から、二枚舌がひらめいている。 「建前……か」  たっぷりと愛された翌日の気だるさの中、滋養に良いとされる果実を煮たものを口に運びながら、ジャノルが小さく頷いた。シーアは肩をすくめると、笑いながら続ける。 「陛下としては、ジャノル様をもっと大っぴらに愛されたいのだと思いますよ。昨夜の通り、ご懐妊をお望みなのですから」  そう言われて、思わずジャノルが自分の腹を撫でる。  昨夜、一回だけ注がれた子種は、今もなおジャノルの腹の中にいた。今はすでに体に吸収されたのか、それとも、ジャノルの種と結ばれてくれたのか、動く感覚はない。しかし確かに、そこにいる。 「とうとう、この腹が役立つ日が来たか」 「ジャノル様……」 「昨夜、陛下の子種を受けながら、安心する自分に気づいた。内乱の影響が小さくなく、子を産まないままの時期を設けることは承知の上だったが、少なからず気になっていたのだな……」  優しく微笑んだ彼に、侍従たちがどことなく、嬉しそうに首を垂れる。事実彼らとしても、この一年は耐え忍ぶ日々だった。仕える主であるジャノルが何も言わないから黙っていたが、不躾にもわざわざ、性行為のための道具を送ってくるような者さえいたのだ。 (一角獣族は、総じて子供ができにくい。それは、どんな種族が相手であれ同じだ。そういう振る舞いをする奴らが想像しているより、この婚姻は国のかなめとなっているというのに)  シーアは内心で、ため息をこぼした。  元々はケリャ王の侍従の1人だった彼がジャノルの侍従になったのは、彼が王へ嫁ぐと決まったころからだ。しかもその異動が「ジャノルが気に入ったから」という理由だったものだから、ジャノルの生家の影響力を身を持って知っている。  ジャノルの生家は、数代前の国王より授爵された国防の要であり、その領土はフェマルも含め、アバールと国境を隣接する三国に面した広大なものである。  辺境伯は外交や貿易を持って、最も金と人を消費する戦争を回避しなくてはならない。  それだけ重要な立場故に、現辺境伯たるジャノルの兄は、この国でケリャ王に継ぐ地位に当たる。影響力と地位を見れば、もう一人の王と言って差し支えない。 (万が一、兄上が反乱の意を示せば、それは国を二分する争いとなる)  そんなことをする人物ではないが、そのさらに下や次の世代は分からない。  王家としては辺境伯と出来るだけ、関係性を密に保ちたいと考えているし、辺境伯側も同様だ。 (故に、ジャノル様は人質の役目もある。万が一にも、かの辺境伯が反乱を企てないための、人質だ。だからこそ邪険に扱われているのではなく、意思を尊重しながら大切に暮らしているのだと、そう示さねばならないというに……)  つがいが現れた、という話から、昨晩の晩餐会に出席していた貴族の中にはジャノルへ向けて贈り物をするものもいた。王の気を引くための媚薬に衣装、滋養強壮に良いとされる食品などである。ジャノルの耳へそれらを入れないように処分して、シーアはうまく使えそうなものだけ見繕っていた。  と、そこへ、戸惑った様子の侍従が顔を見せる。 「失礼します。……レヴィノ侍従長が、面会を希望しておられます」 「レヴィノ? あの、ミリュア姫の侍従長が?」  脳裏に浮かんだのは、昨夜最もミリュア姫がつがいに選ばれたことを喜んでいた壮年の宝玉族の姿だった。ミリュア姫とよく似た薄い黄色のふっさりとしたたれ耳で、彼女が生まれて以来ずっと仕えている古株だとか。忠義に厚く、フェマルの王からも信頼されていると耳にしていた。  それゆえに、このような朝早くに、突然面会に訪れるような振る舞いをするとは、到底思えなかった。  不思議そうに首を傾げたシーアだが、すでに断るのは分が悪いと考えていた。 (どのような思惑があるか分からないが……帰国後にいかなる話を広められるか分からぬな。断るのは簡単でも、謝るのは難しいものだ)  シーアの声が聞こえたのだろう。ジャノルが問いかけた。 「理由は?」  知らせを持ってきた侍従が、頭を垂れたまま、言葉そのままに伝えるのを一瞬戸惑ったらしい。そんな彼に、ジャノルが言う。 「気にするな」 「……ミリュア姫のこと、それだけにございます」  思いもよらぬ言葉に、ジャノルは首をかしげる。 「……分かりました。憶測で何かと言うのは簡単、しかし、忠義の人とまで呼ばれた人物が、突然このような振る舞いをするのは、並大抵のこととは思えませぬ。会うとしよう。陛下には?」 「すでに伝令が向かいましたが、今は朝議の時間です」 「なるほど」  すっくと立ちあがったジャノルは、侍従らを伴って応接間へと向かった。  時間帯としても、内容としても、異例中の異例の訪問であることを印象付けるかのように、いつもより侍従の数を多くしている。 「レヴィノ侍従長、どうなさいましたか」 「……ミリュア姫の事情を、少々お伝えに参りました」  どう答えてよいか分からず、ジャノルはひとまず、シーアの方を見た。 「人払いを」 「はっ」  短く答え、シーアが立ち去る。ジャノルはレヴィノの方を見つめて、その真意を問うように言った。 「事情、と、いいますと?」 「実はミリュア姫は、フェマルはジオーグ公爵家に嫁ぐことが、内々でお話として進められているのです」 「……なんと」 「ミリュア姫にもまだ、これより話を進めることゆえ、ご本人にも伝わっておりませぬ。昨晩はつがいという存在を知るお方もいる場でのこと、抗議をいたしましたが、あれはいわば……建前にございます」  つまり。 「ケリャ王のつがいと、内外に知れ渡るのはフェマルにも面倒事なのですね」  はっきりとジャノルが言えば、レヴィノが頷き返した。 「さようです。フェマルの姫とアバールの王がつがいとして婚姻したとなれば、それは双方に国益がありましょう。しかし今は、我々としては求めている形ではないのです」 「しかし……同じく希少種のつがい、話が少しでも明るみにでれば、広まるのは避けられないでしょう。現に私の元に、ちらほら、そういう意味合いでの贈り物が届いております」 「我々も、そこを危惧しております」  ちらり、と見上げるレヴィノに、ジャノルは頷いた。 「分かりました。ここは我々の国、皆様には不都合も多いでしょう。陛下とも、すぐに相談いたします」 「ありがとうございます……」 「シーア。レヴィノ殿がこちらにいらしたのは、私がミリュア姫のことをお伺いしたかったのだ、ということにいたしましょう」  ふう、とため息をついて、ジャノルはこれから何に手を付けるべきか、しばし考え込むのだった。
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