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ミリュア姫は、与えられた部屋の中で、震えながらわめいていた。
「レヴィノは本当に、どこへ行ったのですか!? 今朝は外交の一環で私も含め、朝議へ出席する予定あったと、お前が一番知っていたはずです! お前の不在を問われて、どれほど恥をかいたか!」
卒倒しそうな顔色をして、姫はウロウロと歩き回る。
何度こすってみても、左手の薬指に現れた番の印は消えない。
何度触れてみたとしても、その事実は変わらない。
ケリャ王のことをつがいだと知っても、ミリュア姫の中に生まれたのは、偶然にもケリャ王と同じ、恋とは程遠い感情だった。
(まるでお兄様が出来たよう……自然と甘えてしまうの)
彼女はケリャ王のことを話そうとすると、自然と甘えた声を上げる自分に戸惑っていた。つがいと出会ったからですよ、と侍従長であるレヴィノは言うが、ミリュア姫はこんなことしてはいけないと思えてならなかったのだ。
(何故なら、ケリャ王にはジャノル王妃がいらっしゃる)
遠目から見ても、ジャノル王妃は噂に違わぬ理知的な雰囲気を漂わせ、失礼なふるまいをする配下たちを抑えられないミリュア姫を、優しく見守っていてくれた。昨夜、ケリャ王がミリュア姫へお通りになるかもしれない、と噂した侍従たちがいろいろと用意してくれたが、決してそんなことはなかった。
聞けば、昨夜のみならず、常々王は王妃の元へ夜ごと渡るのを忘れないという。
(私がつがいとして、むりやり側室に収まる必要性があるとも思えないわ……そんな振る舞いをすれば、またもや『尻軽のフェマル』と言われてしまう!)
その呼び名は、フェマルの民にとって屈辱に他ならない。
きっかけは現フェマル王より前の王たちが、愛したはずの王妃からつがいへ、つがいから別の貴族令嬢へ、何度も浮気を繰り返したのが理由だ。王妃以外の相手に対し、碌な礼儀もとらずにやりすてたも同然で、それでも王族だからと許されてきた。
それは国自体が小さく閉じられ、他国と交流を持たなくても生きていける、豊かな国だからこその歴史だ。
しかし国交が増え、他国の習慣や考えがフェマルにも入ると、次第にその行動は恥ずべきものとして、周辺の国々で不名誉な噂となって囁かれるようになったのである。
ついたあだ名が『尻軽のフェマル』で、そんなふうに呼ばれるとは思わなかったフェマルの民には、辛い記憶としてこびりついていた。現王が国交回復と好印象になるよう外交に努めてやっと、呼ばれなくなったくらいだ。
(わたくしが、わたくしがしくじったせいで、よもやまた、不名誉な呼び名を蘇らせてしまったら……!!)
ミリュア姫が座り込みそうになった時、
「姫、お戻りですか」
と、朗らかな声で、レヴィノが戻ってきた。
「レヴィノ!?」
「朝議への参列への不参加、誠に申し訳ございません」
「どんな事情が? 並大抵のことでは、納得しませんからね!」
「ジャノル王妃に呼ばれておりました。ミリュア姫が、どのようなお方なのか知られたい、と」
よもや、そんな理由とは思っていなかったのだろう。
あっけにとられたミリュア姫は、ぽかん、とした顔をして、口を大きく開けていたのだった。
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