子孫のために★

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子孫のために★

 困惑し、顔を赤らめるジャノルの頭をゆるゆると撫でながら、ケリャ王は内心でため息をこぼす。  つがいの一件は、ケリャ王に、小さくない落胆をもたらしていた。 『本能というからには、つがいと出会えば自分は、我をも忘れるのではなかろうか』  彼は、そう考えていた。  実際のところ、王族としての勉学においても、一般的な俗説であっても、つがいのことを学ぶときは、大げさな言葉を使われることが多かった。  それに、つがいを早くに失った者の中には気を狂わせて地位から退く者もいた。反対につがいを得たことで、破竹の勢いで出世街道を駆けあがった者もいた。  物語を読めば、平民の中からつがいを得た王族が、真実の愛を知って改心するようなものもある。歴史的に見ても、つがいという存在は、獣人にとっておとぎ話と同じくらい美しい、現実であった。 (だから、我も、何か変わるかと思ったのだが……)  ところが、ミリュア姫をつがいと認識し、その印である薬指の文様が表れても、ケリャ王の中にそんな大きな感情は芽生えなかった。 (我を忘れる思い、か……)  最初の一瞬は、ぐらりと揺らぐような感覚がケリャ王を襲った。  しかしそれは、彼が長年をかけて培った王族としての胆力で抑えつけられる程度の心の揺れだった。  確かにミリュア姫には初めて会った。それなのに、まるで年の離れた妹のように妙に親しく感じる気持ちが芽生えたのは事実だ。だが、それが恋や愛かといわれると、ケリャ王は『違う』と断言できる。  ところが、視界の端に捉えたジャノルが、侍従長であるシーアと会話をしているのを見た途端。 (むっとするというのが、ふさわしいのだろうか……ええい、言語化が難しい感情だ)  すべては国益のための結婚だった。  ジャノルのことはまたとない臣下であり、子を孕むに足る王妃として認めていた。打てば響くようにケリャ王の意を汲んでくれる、信頼すべき妻だと思ってきた。  しかし、姫と出会い、つがいだと認識した後から、何かが違うと思い始めていたのだ。 (姫と会話をすればするほど、ジャノルの顔を見られなくなった……)  つがいを邪険にすれば、何を言われるか分からない。  あの場は国益も考えてそのように振舞ったが、常と同じように冷静な顔をしたジャノルの表情に、何故かケリャ王自身、焦りを感じていた。 (何故だ。何故、焦っている……)  彼の中では、消化しきれない気持ちが荒れ狂っていた。  ミリュア姫たちを迎える宴が終わった後、ジャノルはケリャ王を待って退席した。しかしその後、すぐさま彼の元に行けるわけもない。それが、ケリャ王にはまどろっこしかった。  そこでつがいであるミリュア姫とその部下たちには、常の客人より数段上の扱いをするよう申しつけはしたが、あくまで義務的なものに留めた。格別の便宜を図る程度のことで、つがいを愛する者の目から見れば最低限に思えたかもしれない。  話もそこそこに切り上げ、常のように後宮の寝所に待っていてくれた王妃の元へとはせ参じたのである。  そして目にした王妃は、いつもと変わらない白い沙羅地の寝間着だというに、驚くほど美しかった。  思わず寝酒をあおりながら焦りをごまかすほどに、王は狼狽えていた。  いつも通り隣に腰かけられて、焦りに焦った王は思い切って灰銀に赤の混じる類まれなる毛並みに指を絡めた。  すると、困ったように微笑みながらも嫌とは言わない。そればかりか、フェマルの姫の方へ自分が心を傾けるのではないか、などと、不安になっていたことを打ち明けてくれたではないか。 (こんなにも可愛らしい妻だったとは……朴念仁となじられても仕方ないほどだ)  あまりの可愛らしさに膝に抱えると、すっぽりと収まってしまう。  ちょうどよいところに来た耳へ唇を落とせば、ぴるぴると嬉し気に耳がはためいた。愛らしい三角耳を何度か食んでいると、もぞもぞと座りが悪そうに動くではないか。 「どうした?」  思わず問いかけると、びくん、と王妃の背が震えた。 「陛下、その」  静かだった寝所に、くちゃり、と音がした。 (……これは)  妻だと認識しているせいか、ジャノルの体が王の子種を受け入れるものに変化しているのは、ケリャ王も理解している。夜着の股間部分がうっすらと色を変えているのを見ると、ケリャ王に抱き上げられ、優しく耳を食まれるうちに、気持ち良くなってきたのだろう。 「ジャノル」  耳元で囁くと、びくん、とその体が震えた。 「へい、か? ……」 「今夜は、子作りをしてもかまわぬか」 「……はい」  このやり取りは、決して初めてではない。行為も同じように、初めてではない。初夜を以降も、月に一度は性交を行ってきた。  だというのに、王には酷く新鮮に感じられた。 (嬉しい……そうか。我は、喜んでいるのか)  心地よさそうに目を細める王妃を抱き上げ、一角獣の王は寝台へと向かった。
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