脚本は密談にて

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脚本は密談にて

 フェマルの姫とアバールのケリャ王、二人がつがいであることを内外にこれ以上知られないためにはどうすべきか。いや、知られたとしても、今後も双方がそれぞれの国のために動けるように話をまとめるにはどうすべきか。  互いに借りと借りを重ねるような状況に、フェマル側からはレヴィノ侍従長が、アバールからは宰相と外交長官が、一つの部屋で頭を悩ませていた。 「どのみち、つがいの証を消すことは不可能ですからな。公表そのものは、避けられないでしょう……」  宰相、ゼラハの顔色は、ことさらに悪い。一番最初に王へつがいを見つけたことを寿いだ、その責任を感じているようだった。 「噂には聞いておりましたが、やはり指を落とそうとも消えぬものですか」  尋ねたレヴィノに、ゼラハが頷く。 「……我が国の記録として、過去につがいを愛するあまり、腕まで落としてつがいであることを隠そうとした王が居たと記録にありますが、最後には角につがいの印たるツタ模様が表れてしまい、結局、つがいを手放すことはできなかった、と」 「そうでしたか……」  すると、やおらレヴィノが左手をあげた。左の薬指にあった指輪を外すと、そこにはツタの葉模様が絡みいている。 「レヴィノ侍従長、つがいがいらっしゃるのですか」  ゼラハが目を見開き、自身のツタ模様を見せる。二人のツタ模様には、色や形、ちょっとした模様のズレなど、多くの違いがある。しかしお互いのつがいの模様は、ぴったりと一致する。  そのため、つがい同士かどうかは、ツタ模様の一致具合で判断されてきた。その違いを判別する、模様師という専門職が居るくらいだ。 「ええ。……なればこそ、此度のこと、やはりミリュア姫とケリャ王。双方のお気持ちも、多少なりとも汲んで差し上げたい、そうとも思うのです」 「それは私も思いますが……しかし、陛下は」  ゼラハが、首を横に振る。レヴィノも今朝、ジャノルと会ったことで確信していた。 「……陛下のお気持ちは、ミリュア姫にはない、そういうことですね?」 「ええ。……姫の方は?」 「おそらくですが、振る舞いからして、兄のように感じられているのでしょう。現に今朝、朝議に出ず、王妃の元へ向かったことを手厳しく責められました。……まさに、つがいと言えましょうな」  一方は妹のように、もう片方は兄のように、相手を愛しく思っている。それがどうボタンを掛け違うかは、今はまだ分からない。  静けさが広がった部屋の中で、それまで黙っていた外交長官のアファルが、縦長の瞳孔をぴろりと開いた。見事な巻き角の彼は、文官というには堂々たる体躯をした、山羊族の男である。 「最近、メセテーナ公国にて、芝居が流行っているそうです」 「芝居?」  突然の話題に、二人が首をかしげる。それを意に介さないまま、アファルは続けた。 「いずこの時代、ある国の王のつがいが、王宮に仕える洗濯婦と分かったものの、すでに王には妃が居る。つがいを娶ったはいいものの、妃は嫉妬からつがいの洗濯婦をいじめてしまい、王に追い出される。しかしつがいの洗濯婦はそれを悔やみ、とうとう自分から命を絶ってしまう……という悲劇です」 「ほう?」 「なんとも、そのような刺激の強い話が流行っているのですか?」 「ええ。メセテーナ公国での人気を受けて、他国での公演もすでにいくつか決まっております」  驚いた顔をしたレヴィノとゼラハだが、やおら、何かに気が付いた顔をした。 「劇を見られるような層に、そのような刺激の強い話は人気……と、いうことですな?」 「他人の不幸は蜜の味とも申しますし。それにこの手の話は、巷を探せばいくつも見つかります故、本や噂話を好むものなら、ある程度耳にするでしょう」  つまり。  こほん、と小さく咳払いをして、アファルは言う。 「姫と王には国のために互いの幸せを願って別れを選択する様を、王妃は互いの気持ちに迷う姫と王に、つがいを引き裂く悲しみを想いながらも、その決断を手助けをする様を……それぞれ、人目のある所で一芝居打って頂くと言うのは、いかがでしょうか?」  室内に、沈黙が満ちる。  しかしそれは否定ではなく、肯定の沈黙であることは、三人とも互いの顔を見ればすぐ分かることであった。
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