第一章 これからの家族

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第一章 これからの家族

 朝――、目が覚めてみると、まばゆい光の中に見知らぬ女の子の笑顔があって、ベッドで眠る俺を覗き込んでいた。  くりくりとした目、ちょこなんとした鼻、唇は熟した果実のように潤っている。  少女の髪が風に揺られて俺の鼻をくすぐった。  シャンプーの甘い匂いに誘われて、俺は唇を突き出した。 「そのくちびるホッチキスで閉じたろか!」 キスの代わりに、ヘアクリップが食いついてきた。  凶悪、凶暴、こんな少女に恋など芽生えるはずがない!  少女がヘアクリップを引っ張ると、俺の下唇がびろんと伸びた。  少女は下唇がどこまで伸びるか、記録に挑戦し始めた。  限界まで伸びた下唇が、ヘアクリップから外れてゴムのように弾け戻る。  少女はヘアクリップを褒め称えると、ティッシュにばっちく包み込んで、ポーチの中へ仕舞い込んだ。  下唇への労りはひとつもなかった。 「早く着て」  下着と高校の制服を投げつけられる。  夏は何も着衣せず、裸で眠るのが好きだった。  だから今も素っ裸。  これを意味深長に考えると、少女に確かめたいことがある。 「お前、見たな?」 「みてない!」  少女は即座に否定した。  しかし湯気を出して赤くなっている辺りが実に怪しい。  心理療法によれば、目玉がキョロキョロと右上に向いているのは、過去にあった出来事を思い出している表れだという。  少女の視線は正にその通り。  しかし少女が左利きだとするならば、逆に見慣れぬものをこんなのかしらと想像している事になる。  どちらにせよ、朝っぱらから勝手に部屋へ上がり込んで来た謎の美少女を、黙って帰す訳にはいかなかった。 「見たよな!」 「そんなキタナイものみてないもんっ」 「そんなに汚いのかっ」 「キタナイッ」 「汚いんだなっ!」 「キタナイッ」 「わーーっ!」 「ワーーッ!」  子供か――。  少女は部屋から逃げ出した。  ここで取り逃がしてはなるものかと、俺は早着替えのマジックのように制服姿へ変身し、少女を追って部屋を出た。 「待って! オレは玉置ユコト! キミの名前はなんだっけ? 寝ぼけてて思い出せなくてさ!」  ビニルの床がキュキュッとこすれて、車いすの少女が振り向いた――。 「わたし、エマ。あなたとは初対面!」  涙目で睨まれる。  脚が不自由なことに気がついて、途端に弱い者いじめをしてしまったような罪悪感に襲われた。 「ごめん。車いす、重いだろ。オレ押すよ」 「重くない。力がないだけ!」  エマはむくれた。  俺はエマに近づいて、車いすを押してみた。  エマの言った通り、車いすは人を乗せているとは思えないほど軽やかに滑り出す。  病院などで見かける布張りの貸し車いすではなく、ガッチリとした安定感のあるフレームに、長時間座っていても疲れにくそうな厚みのあるシートが備わっている。細くてスタイリッシュなタイヤには、衣服を巻き込まないように、樹皮でできたスポークカバーまでついていた。  仏頂面したエマの機嫌をどうやって直そうかと、そんなことを考えながら車いすを押していたら、いつの間にやら見知らぬ場所に俺は来ていた。 「実はオレ、昨日ここへ来たばかりでさ……」  非常扉の前でエマが項垂れる。 「迷子でしょ。だからユコトを迎えにきたのに!」 「すまん! オレが悪かったから、どこへ行けばいいのか教えてくれないかァ」  車いすの肘当てに、おでこをぶつけて謝ったら、エマが少し笑ってくれた。  けれどもすぐにツンとなって、しぶしぶ道案内をしてくれた。
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