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事件編 2話 魔物
真っ暗な地下の世界へと誘われ、一同は地面に倒れ込んだ。
「痛てて、みんな大丈夫?」
「私は大丈夫!」
圭吾と実乃利の声が小さな部屋に響く。それに続いて大丈夫であることを伝える声が人数分鳴る。散らばった懐中電灯をそれぞれ拾う。
どのくらい落ちたかわからないが、幸いにも、五人全員軽傷で済んでいた。懐中電灯で落ちた場所を確認すると、四角い部屋で下へと伸びる階段がある。天井は既に閉まっており、高さは二メートルもないくらいで、窮屈に感じた。
「ここどこだよ……」
匠はさっきまでの明るい調子を失い、不安を露わにする。蒼が天井を押してみるが、びくともしない。
「閉じ込められたみたいだな」
「もしかしたら、魔物の牢屋があるっていう……。噂じゃなかったのかもね」
圭吾が場を和ませようとするが、美紅にとっては逆効果で、実乃利の背中にしがみつき、やめてよぉと猫のように怯える。
道も一つしかないようなので、五人は諦めて階段の方へと進むことにした。
長々と続く階段を降りると、大通りくらいの大きさの通路が二方向に別れていた。この先、何が起こるかわからないので、五人でまとまって移動することになり、まずは右から進むことになった。
地下特有の冷んやりとした空気と、鼻にこびりつくような変な匂いに恐怖を感じながらも、全員肝試しの延長であると自分に言い聞かせる。美紅は通路内で反響する足音にも怯え、地面が割れていて、石の擦れるような音が響けば美乃利の腕を強く抱いた。
いくら通路を歩いていると、行き止まりが現れた。それと同時に部屋らしきものもあった。蒼が代表してドアをゆっくりと押してみると、中から何かが腐敗したきつい匂いが漏れ出し、五人全員思わず鼻をつまんだ。
蒼はその匂いが何なのか想像ができた。そのせいで、顔をしかめてしまう。
「二人は下がっていてくれ」
「わかった」
鼻をつまみながらドアを開き、中に電灯を当てるとそこにはいくつかの死体が転がっていた。死体といっても、ほとんどが白骨化したものである。しかし、女子にこの光景を見せてはいけないと思った蒼は電灯を消して、圭吾を呼んだ。匠には、女子と通路で待っておくようにと指示を出し、蒼と圭吾は中を調べることになった。
圭吾も蒼と同じく、死体と腐臭に顔をしかめ、やばいなと一言。
ドアは蒼が開けた一つだけで、部屋の中央には台座があり、その上に札が置かれている。圭吾はそれを取ろうと近寄った。懐中電灯の光を何かが反射して白く光る。それは台座からドアの反対方向へ伸びるワイヤーであった。
「なんだこれ。糸?」
「待て、もしかすると、トラップかもしれない。だから迂闊に触らない方がいい」
蒼が札を取ろうとする手を遮って、一旦下がるよう促した。そして、蒼はその辺にある骨を台座に向かって投げる。札の乗っかっている面に骨が当たった瞬間、台座を囲むように地面から鋭い刃物が飛び出した。その刃物は数秒で引っ込んだが、刃物には血と思われる液体がたくさん付着していた。
圭吾は恐怖を露わにし、蒼が冷静に分析する。さっき出てきた刃物の位置に気をつけてワイヤーを引っ張り続けた。すると、刃物は引っ込まなくなった。
「今のうちに札を取ってくれ」
刃物が出ている状態なので、怪我しないように札を取るのは簡単であった。圭吾は札を取ってすぐに下がる。
札は不思議な模様が描かれているだけで、特に何もない。蒼も手に取ってみるが、何もないと言って圭吾に返した。でも、厳重に保管されていたので、何かあるのだろうと圭吾は札をポケットにしまった。
次に二人は死体を調べてみた。どうやら、さっきのトラップに引っかかって死んだ人たちのようであった。死体の所持品に本が何冊かあったが、どれも血が浸透していて読める状態ではなかった。かろうじてメモ帳の一部が生きていた。
とあるメモにはこう書いてあった。
『この不思議な空間は、昔存在したという非科学的な力、魔術がいろいろな場所に使われており、その力は未知数。仲間が餌食になった魔術は、壁が押し寄せてくるものであった。魔術には発動条件がある。それから、魔術のこもった無地の札を剥がせば、魔術は発動しなくなる』
蒼と圭吾はあまりにも非現実的なことが書かれていたため、このメモの内容をにわかに信用することができなかった。しかし、念の為、頭の隅に置いて部屋を出た。
通路では三人が大人しく待っていて、部屋に他の道がなかったことを伝え、来た道を戻る。そして、さっきとは逆の方へ進んだ。
いくらか歩くと、左の方に大きな扉を見つける。茶色く錆びたような色をしていて、禍々しいオーラを放っている。その扉には札が貼られていて、五人が近づくと光だした。
「みんな、待ってくれ」
蒼がさっきのメモのことを思い出し、罠を警戒する。蒼は周りに注意しながらその札を剥がそうとした。
「あれ、取れない」
いくら力を入れても取れない。ドアノブもないため、誰も開けようとしていなかったが、匠は校長室を開けた時と同じ勢いで扉を押してみる。もちろん、開く気配はなかった。
「だめだ、ビクともしない」
「あれ、圭吾のポケットが光ってる」
蒼がこの扉を無視して先に進もうかと考えた時、実乃利が圭吾のポケットを指差して呟く。
圭吾はさっきポケットに入れた札を慌てて取り出す。光の原因はその札のようで、圭吾は扉にある札と共鳴しているような気がした。なので、反射的に札同士を近づけてしまった。
札同士を近づけると、光が強くなっていって完全に接触させると、さっきまでの輝きがまるで嘘だったかのように、札の光は消えてしまう。その代わりに、扉が軋む音を立てながらゆっくりと動き、部屋の中を覗かせてくれる。
扉が開いてる間に、圭吾は見てしまう。
「……っ⁉︎ みんな、逃げよう……!」
そう叫び、来た道とは反対の方向へ走ることを促した。メンバー全員、圭吾の焦り方が尋常じゃないことに気づき、素直に圭吾に従った。
圭吾が扉の向こうに見たものを一言で表すならば、魔物とでもいうべきか。暗い部屋の中で目を薄黄色に光らせ、刃物のような歯が口の中に垣間見える。闇に紛れるような体の黒さと、人間の比ではない大きさ。これだけの情報があれば、逃げる理由には十分で、こいつらが魔物かもしれないという仮説を立てるのは容易であった。
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