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喧騒から離れ、静寂に包まれ、自分達を取り巻くのは小川のせせらぎだけ──そんな環境だからなのか、直接触れ合っているわけでもないのに、互いの心音がはっきり聞こえる気がする。
規則正しく脈打つ鼓動は、互いが生きる証だ。
「ふふっ」
ふと──月冴が小さく笑い声を漏らした。
普段から一緒にいてもこんな風に秘めた笑いをすることは珍しいから、思わず目を丸く開いて彼の顔を見る。
「……なんだよ? 急に笑ったりして」
「いや……尚斗のこと、独り占めしてるんだなぁって思って」
肩に乗せたままの側頭部を擦り付けるようにして、月冴はさらにこちらへと身を寄せてきた。衣料品用洗剤特有の華々しい香りが鼻孔を掠める。
「……嬉しいってこと?」
「そりゃあ、ね。好きな人と一緒にいられるんだもの。嬉しくならない方がおかしいでしょ」
「そ、……んなの」
素直に胸の内を曝け出すスキルはもともと月冴の方が高いのだから、そんなところに劣等感を抱いてもしかたないのだが、彼のように思ったことをストレートに言えたならどれほど良いか。今だって──。
いまだに肩に乗せられたままの月冴の頭を片手で支えながらゆっくりと離して、彼の顔をじっと見つめる。
「あの、さ……月冴。その……悪かった。せっかくテスト範囲の要点教えてもらってたのに赤点取っちまって。それと……誕生日、全然気づかないでスルーして……ごめん」
辿々しい自分の声を憎く感じるほど。いまさらだと──そんな風に思っても、言わずにはいられない。
「尚斗がそういうことに無頓着なの、なんとなくわかってたから。思ってたほどショックじゃなかったよ?」
「……でも、ちょっとは傷ついたんだろ? 本当にごめん」
こんなに後悔するくらいなら最初からしなければよかった──そんな想いに背を押されるように月冴の華奢な身体を抱きしめる。
丸みた肩に額を埋めるようにしながら、背中を腕に収め頭を引き寄せた。
「尚斗?」
「……嫌いになった?」
「なに言ってんの? そんなわけないじゃん」
「ほんと?」
「ホント。嫌いになってたら今ここにいないよ? それに、誕生日すっぽかされたくらいで嫌いになってたら身が持たないよ。それよりもっと凄いこと経験してんのにさぁ」
「……ッ、その節は……ほんと、すんません」
半年も前のことを引き合いに出されるとは思いもしなかった。こういう局面では月冴の方が強かさが勝るのだから、きっと一生敵うことはないのだろうと思う。けれど、それも踏まえて〝惚れた欲目〟というやつだろう。
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