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願いのかたち
「お待たせしました。ご注文のローストビーフでございます」
あの日から3ヶ月。コック帽をかぶった天野はこの日も同じ場所で料理を作っていた。今日の客は50歳の女性。ドームカバーを被せられた皿を開けると、香味野菜の香りと牛肉の香りが協和音を奏でながら舞っていく。女性はフォークとナイフを手に取り、肉を口へと運んでいった。
「この香り、ソースの風味、肉の舌触り……あの日と全く同じね。美味しい」
「ありがとうございます」
天野は深々と頭を下げる。
「これね、亡き夫との思い出の料理なの」
女性の言葉に天野の耳がピクンと動いた。天野の頭に今朝タブレットで見た顧客情報が蘇ってくる。
山形陽子 50歳
ーーまさか!!!
天野の顔が青くなった。思い出の食事なんてものは人によって千差万別。それが全く同じ料理、ということは……。
「ねぇ」
「……はい」
不意に陽子から声をかけられた天野は生返事を返す。
「こんな世の中になっちゃったけど、変わらないものが2つだけあるの」
「……何でしょうか?」
「『誰かを生涯愛しぬきたいという願い』と、『心から食べたいと思うものを食べているときに感じる幸せ』よ」
陽子はそう語りながらローストビーフを口に運ぶ。天野の目にはその姿がどこまでも哀しく、そしてどこまでも凛としているように映っていた。
【終】
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