破格の契約

1/1
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

破格の契約

 ビルの28階から眺める雲一つない空はどこまでも高い。その青をガラス張りのテーブルが反射しており、そこに1枚の契約書と万年筆が置かれた。そこに書かれていたのは年俸3000万円の文字。地方のホテル勤務である天野にとって、現在の収入と比べたら5倍弱の収入になる。 「しかし山崎さん、こんな条件でホントにいいんですか?」  契約書を目の前にして天野はそう訊き返す。目の前に座ったアルマーニのスーツを着こなした山崎は首を縦に振った。 「ええ。その分料理のオーダーはかなり細かいものになりますし、ホテル勤務のときに比べたら緻密かつハイクオリティな仕上げは求められます。まあ天野さんなら、きっと期待に応えてくださると思っておりますが」  慇懃な口調で山崎はそう答える。 「わかりました。お願いいたします」  天野はそう答え、契約書に万年筆を走らせた。 「ありがとうございます。では早速ですが来月からお願いしますね」 「でも、私に本当にできるのでしょうか?『生きている間にもう一度食べておきたい食事』をつくることなんて」  山崎は再び首を縦に振る。 「あなたの腕があればきっと大丈夫」 「ですが、生きている間にもう一度食べたい料理がレストランや料亭の料理とは限りませんよ」 「確かにそうですね。でもそれに対してはこれが大きなヒントをくれるはずです」  山崎は自信を持って言い切ると、かばんからタブレット端末を取り出した。その画面の右下にはナイフとフォークの形をあしらったアプリのアイコンが記されている。 「困ったときにはこのアプリが手助けしてくれるはずです。詳しくは来月、天野さんが勤務を始められたときに。では今日のところはこれで」  山崎はそう頭を下げた。期待半分、不安半分。天野はそのような面持ちでマンションの一室をあとにした。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!