いま、空色の幕が開く

3/58
前へ
/58ページ
次へ
 力の抜けそうな膝をどうにか支え、震える手で吊り革を握り直す。  どうして、この歳になって。  まず浮かんだのは、至極単純な疑問だった。  浅見くんは私と同い年。つまり、私と同じで4月になれば社会人3年目だ。しかも彼は大学卒業後は地元へ帰って、市役所に就職していたはず。真面目な彼が丸2年で転職をするなんて、意外だった。  その上、わざわざ上京してくるなんて。よっぽどやりたいことでもあるんだろうか。  呆然とスマホを見つめていると、母からのメッセージが画面に再び吹き出しを作る。  そこには、こう表示されていた。 『役者さんになるんですって』 「……はい?」  突拍子もない言葉に思わず疑問が口をつき、私は慌てて口を覆う。幸い、周囲の人に訝しげな目で見られるようなことにはならなかった。  そうしている間にも、母から届く吹き出しの数は増えてゆく。 『子供の頃から可愛いお顔してたものね』 『あさみちゃん、なんて呼ばれて』 『市役所でも、窓口のイケメン、って人気だったのよ』  知ってる。浅見くんがイケメンだなんてこと。  イケメンなだけじゃないってことだって、とっくの昔に知っている。  だって、あんなに見つめていたんだから。  私は『活躍してほしいね』とだけ返し、スマホを鞄の中へと仕舞った。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加