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エピローグ
城の中は静寂に包まれている。
魔王は少女を優しく抱き上げ、ベッドの上に静かに横たわらせた。
「心配するなアリシア、勇者は消滅した……もうどこにも俺達の仲を邪魔する者は居ない……」
魔王は血で汚れた少女の顔を清め、新しい服へと着替えさせた。
そして愛おしそうに頬を撫でながら語り掛ける。
「覚えているかアリシア……これは俺が初めてお前に贈った物だったな……あの時のお前の笑顔で俺がどれだけ救われたか分かるか? 永遠の牢獄の中でも幸せだと思えるようになったのは、全てアリシアのおかげなのだ……」
魔王の目からは次々と涙が零れ落ち、少女の頬を濡らしていく。
「愛する者を失う事がこれほど辛いのだとは思わなかった……きっと、あの者たちもそうであったのだろうな……」
魔王はふと、過去に何度か城を訪れた人間の事を思い出していた。
大切な者を失い、死を覚悟して魔王の元へとやってきた人間たちの事を……。
魔王ならばきっと愛する者を蘇らせてくれると信じ、恐怖に耐え……魔王の声を聞いたあとに血を吐きながらも必死に訴えてきた人間たちの事を……。
「あの時はあの者たちの考えが分からなかったが、今なら全てを理解する事が出来る……あの者たちは愛する者の為に、笑って己の命を差し出してきたのだな……」
魔王の力がどれほど強大な物だとしても、少なくなった魂の量を増やし寿命を延ばす事は出来ない。
ましてや魂の量がゼロになった者に、新たな魂を注ぎ込み蘇らせる事など出来はしない。
ただ、それでも諦めきれず必死に訴える人間に対して、魔王は幾度か問いかけた事があった。
「貴様にはこの者の為に、己の命を掛ける覚悟があるのか」と……。
その問いを受けた者すべてが躊躇う事なく答えた。
愛する者が蘇るのならば……そう言って嬉しそうに命を差し出してきた。
そんな者たちに対して魔王は恐ろしい『呪い』を掛けてきた……その者の寿命の『残り半分を奪う』呪いを……。
新しい魂を作る事は出来ないが、今ある魂を分ける事ならば出来る。
だから覚悟のある者から寿命を奪い、亡くなった者に与える事でその願いを叶えていた。
「そうだ……俺自身に呪いを掛け、アリシアに分け与えれば……」
どんな事をしても少女を助けたい……何を犠牲にしようとも少女を助けたい……そんな思いが魔王の思考力を奪っていた。
魔王は右手を挙げると膨大な魔力を込め、巨大な魔法陣を床に描き始めた。
そして完成した魔王陣の中央に立つと、自分に向かって呪いの呪文を唱え始めた。
「頼む、目を開けてくれ!」
ベッドに横たわる少女の顔にみるみる赤みが帯びていき……そして大きく胸が膨らみ呼吸を始めた。
「アリシア! 俺が分かるか?」
少女は何が起きたのか分からず、ぼんやりと魔王の事を見つめている。
その顔を見た時、魔王の胸には安堵の感情と共に後悔の念が押し寄せていた。
魔王は不老不死……つまり寿命は無限である……。
その無限である寿命の半分……。
そう……魔王は少女も不老不死にしてしまったのだ。
魔王自身が忌み嫌い、何千年もの間苦しみ、なんとか死を得ようともがいた『永遠の時の牢獄』に少女を閉じ込めてしまったのである……。
(お、俺は何という事を……)
魔王は少女に対し、自分が犯してしまった過ちを詫びた。
「許してくれアリシア……俺はお前を救うつもりだったのに、逆に苦しみを与える事になってしまった……この先、何百年、何千年と続く地獄にお前を落としてしまった……」
少女はベッドから起き上がり、両手で顔を覆い苦悶する魔王を抱きしめた。
そして小さく首を横に振り、優しく答える。
『あなた 苦しむ ダメ……私 一緒 嬉しい』
「アリシア……」
『一緒 生きる 私 幸せ』
「アリシア、こんな俺と永遠の時を一緒に歩んでくれると言うのか?」
一人では耐えられない事でも、愛する者が傍に居てくれれば、それだけで乗り越える事が出来るのかもしれない……。
永遠の時を生きる苦しみも、掛けがえのない者と一緒なら幸せへと変わるのかもしれない……。
少女と二人で歩んでいくと誓った魔王には、もう死を求める理由はなくなっていた。
「これからは勇者を育てる為ではなく、アリシアが笑顔でいられる世界を作る事だけを考えよう……」
それから五百年の時が過ぎ……。
千年の時が過ぎ……。
争いや疫病の無くなった平和な世界では『魔王』や『勇者』と言った存在は意味を無くし……。
いつしか人々の心から、その存在も消えていった……。
…………
…………
…………
その村には古より語り継がれる一つの物語があった……。
村から北へ五日ほど歩いた距離にある森の奥……。
決して晴れる事のない濃い霧に包まれたその場所には、蔓や苔に覆われた古い城が建っている……。
その城には争いを防ぎ、疫病から村人を救ってくれる『神様』が住んでいると言う……。
いつも村人を優しく見守ってくれているその神様は『とても仲の良い夫婦』なのだと……。
そんな物語が語り継がれるようになっていた……。
-fin-
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