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第三話
「五千年……一万年……。
もうどれほど前なのかも明確には思い出せないが、俺は気が付くと森の中にたった一人で存在していた……。
お前たち人間のように幼き頃の記憶がある訳でも無く、一番古い記憶を紐解いても、そこには今の俺と同じ姿があるだけで状況は何一つ変わってはいない。
俺が理解していたのは、自分には自然をも操れる強大な力がある事と不老不死である事、その二つだけで他には何も分からなかった。
この力を何に使えば良いのか、どこへ向かえば良いのかも分からない……。
いや、それどころか、俺が何者なのか、なぜここに存在しているのかさえ分からなかった。
目的もなく、ただ時が過ぎて行くのを見続けるのは辛いものだ。
人間は瞬く間に年老いて朽ちて行き、俺だけがいつも取り残される。
魔物と呼ばれる長命な者も居たが、彼らとて千年、二千年と過ごすうちに朽ち果て、俺の前から消えて行った。
永遠の時は牢獄に囚われているのと何も変わらない……『死なない事』と『生きている事』は同じ意味ではないのだ。
俺はこの世界に存在している喜びなど知らぬまま、ただそこに居続けるだけだった……。
孤独に耐え切れず何度も自ら命を絶とうとしたが、その願いが叶う事はなかった。
毒となる物を用いても、例え首を切り落としたとしても即座に蘇ってしまう……俺はこの先も時の牢獄からは逃れられないのだと悟った。
だが、そんな時に人間の中に希少な存在を見つけたのだ!
俺の威圧にも対抗でき、俺の体に傷をつける事が出来る者の存在を!
だが、その者は数百年に一度しか現れず……しかも、いつ、どこに現れるのかも分からなかった。
だから俺は全ての人間を守る事にした!
いつ、どこにその者が生まれても構わぬよう、疫病を防ぎ、災害から救い、人間が死に絶えてしまう事がないように見守った……。
それから長い年月の間に幾度となくその者は現れたが、誰も俺に死をもたらす事はなかった。
手加減をして故意に敗れようともしたが、それは自ら命を絶つのと同じですぐに蘇ってしまう。
死を与えてくれる者とは全力で戦い、そして敗北しなければならないのだ……。
だから俺は人間に恨まれるように尽くした。
全力で俺を倒したいと思うように仕向けた。
その為に『魔王』を名乗り、災いは全て俺が元凶なのだと伝承を作り広めた!
優秀な武器を作り、それを力のある者に与えるために『勇者の剣』と名付け村に封印をした!
分かるか?
俺は、俺を殺してくれる者を育てる為に人間を守ってきた!
俺の事を全力で殺したいと思うように仕向けてきた!
疫病を封じた事への感謝などいらぬ!
繁栄をもたらしてきた事への称賛もいらぬ!
俺の事を全力で憎んでくれればそれで良い!
俺は時の牢獄から解放される事だけを考えてきた!
人間の愚かな行為でさえ利用し、死を得る事だけを考えてきた!
…………。
だが……そんな自分勝手な考えが、お前や多くの娘たちを苦しめてきたのだな……許してくれ……」
当然の事だが、聞く事が出来ない少女の耳には魔王の言葉は届かない……。
言葉を知らない少女の目には魔王の口の動きも意味を持った物にはならない……。
だが、素直な言葉で語る魔王の気持ちは伝わったのかもしれない……少女は首を小さく横に振り、そして魔王の頭を包み込むように優しく抱きしめるのだった。
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