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第六話
「きゃ~!」
「な、何が起きてるんだ!」
店主の叫び声や娘の悲鳴が響き渡る中、雑貨店は魔法陣の底へと沈み込むように消えていった。
時間にすれば僅か数秒の出来事だったが、店主たちが気が付くと窓の外の風景は一変していた。
「お父さん大丈夫?」
娘は父親の事を心配して駆け寄る。
店主は窓から見える城に子供の頃の記憶が蘇ったのか、ある事を確認する為に扉の外へと飛び出した。
「ま、まさか、この城は……」
何かを恐れるように震える店主は、追うようにして飛び出してきた娘に祖父から聞いた話を聞かせ始める。
「ワシが子供の頃にじいさんから何度も聞かされた話なんだが、村から遠く離れた森の奥には恐ろしい魔王が住んでる城があって、女子供でも容赦なく殺してしまうから絶対に行ってはいけないと……その城は確か、苔や蔦で覆われ、今にも崩れ落ちそうな古い城なんだと……」
「お……お父さんはこのお城が魔王様のお城だって言うの?」
娘は今にも泣きだしそうな表情で父親にしがみついた。
「で、でも、お父さんが聞いたお城とは違うかもしれないじゃない……そうよ! きっとこれは領主様のお城なのよ」
「いや……ワシは何度も行商の時に見た事があるが、街にある領主様の城はもっと綺麗だし、近衛兵も城を取り囲むように大勢居た……それに、店を一瞬で村からここまで運んでしまうなんて、とてもじゃないが人間には出来ない事だ」
「そ、そんな……」
娘は恐怖に耐えられなくなり、ついに泣き出してしまった。
店を出た魔王は二人の元へゆっくりと歩み寄る。
村に居た時から不思議な雰囲気を纏ってはいたが、城を前にするとそれが顕著に現れる。
この事から二人は目の前に居る人物こそが魔王なのだと確信をし、城へと連れてこられたのは自分たちが何か怒らせる事をしてしまったからなのだと考えた。
「あ、貴方が魔王様だったのですね、気付かぬ事とは言え無礼の数々をお許しください……私はどんな罰でも受ける所存で御座います、ですから娘だけは……娘の命だけはお助け下さい」
店主はおそれおののきながらも必死に訴えかける。
魔王は恐れる必要はない事を伝えようとするが、二人の心にはもはや恐怖の言葉しかなく、石板に書かれた文字を見ようともしなかった。
目を瞑り、恐怖に怯える二人をどうすれば落ち着かせる事が出来るのか思いつかない。
とは言え、声を出して説得してしまえば魔力による威圧のために気を失ってしまい、何の為に店をここまで転送したのか分からなくなってしまう。
暫く悩んでいると、城の中から少女が息を切らせて駆け寄ってきた。
(アリシア、何かあったのか?)
心配する魔王を抱きしめるように少女が縋り付く、その表情は不安に駆られたようにとても悲しそうだった。
村に居た頃は聞こえない自分に対して言葉を掛けてくれる者などはおらず、誰も想いを伝えようともしてくれなかった……だが、魔王だけは自分にいっぱい声を掛けてくれた。
話す言葉は分からないが、何かを伝えようと一生懸命話し掛けてくれた……そして絵を描き優しい気持ちを伝えてくれた。
それが少女にはとても嬉しくて、魔王を大切な存在なのだと感じていた。
なのに、目を覚ますと誰も居ない状況が少女を不安にさせてしまったのかもしれない。
やっと巡り合えた存在が居なくなってしまった事が……また孤独な世界へと戻らなければいけない事が悲しかったのかもしれない。
そんな気持ちが伝わったのか、魔王は少女を優しく抱きしめた。
その表情はとても優しく慈愛に満ちたものであり、それを見た娘は少しだけ落ち着きを取り戻した。
魔王は改めて二人の前に石板を置き、文字を書き始める。
『お前達も察していると思うが、俺はこの城に住んでいる魔王と呼ばれている者だ……俺の声を聞けばお前達は錯乱し、意識を失ってしまう故、このような形で話をする事を許してくれ』
「とと、とんでもないことでございます、お気遣い有難う御座います、それに私共のような者に対し許してくれ等とは勿体ないお言葉で御座います」
娘は緊張しながらも、これから何をすれば良いのかを質問をした。
「恐れながらお聞きしたいのですが……どうして私たち親子をここに?」
『突然城まで連れてきた事は悪いと思っている……だが俺の話を聞いてはくれぬか?』
娘の質問に対し、魔王は順を追って説明を始めた。
『まず、ここに居る者の名はアリシアと言う』
「アリシア様……ですか」
『だがアリシアは生まれつき耳が聞こえぬ故、声を出す事も、俺のように文字を書いて話をする事も出来ぬのだ』
娘は説明を受けるうちに、少女が魔王にとってとても大切な存在である事が分かった。
そして魔王は、人と接するのが苦手な少女を危険な場所に送る事は出来ないと考え、代わりに村へとやって来たが女性に関する事が何一つ分からず、仕方なく自分達を城へと連れてきたのだと理解をした。
「分かりました魔王様! アリシア様に見合うお洋服や下着、その他必要な物は全て、私が責任を持って揃えさせて頂きます!」
『任せたぞ、先ほどその方が申していた、アリシアに絶対に必要な物と言うのも頼んだぞ』
「はい、お任せください」
娘は早速店の中へと案内するが、少女は人に不信感を抱いているのか魔王の傍を離れようとはしない。
魔王は優しい眼差しを向けながら一緒に店の中へと歩いて行った。
店の中に入るとそこには今まで見た事が無いような物がたくさん並んでいて、少女の目にはまるで全てが光りを放っているかのように美しく映った。
「アリシア様の髪のお色ですと、こちらのお洋服なんかがお似合いかと思いますよ」
(ふむ、どれでも気に入った物を選ぶが良い)
魔王は戸惑う少女の背中を優しく押して促した。
まるで宝物を前にした子供のように、キラキラと目を輝かせる少女の姿に魔王自身も嬉しくなっていた。
暫くすると少女が魔王の元へと戻り、城へ帰ろうとする。
綺麗な物を見せてもらえた事に喜んでいたが、それらが自分の物になるとは考えていなかったようだ。
魔王は笑みを浮かべると、少女が気に入って見ていた物を全て城へと運ぶように店主へと申し出た。
少女は驚いた様子だったが、すぐに歓喜の表情へと変わった。
『今日はアリシアの為に無理を言ったな、礼を言う』
「とんでもありません魔王様、アリシア様に喜んで頂けて私共も大変嬉しく思っております」
魔王は袋いっぱいに詰まった金貨を手渡し、店主と娘に大事な話をした。
『今からその方たちを村へと戻すが、村人達には魔王に連れ去られて居たと伝えて欲しいのだが』
娘はなぜ魔王がそんな事を言うのか不思議でならなかった。
『強奪の為に連れ去られ命を奪われそうになったが、寸前の所で勇者に助けられ戻ってくる事だけは出来たのだと……瀕死の重傷ではあるが魔王はまだ生きているから森には近づかない方が良いと……そう伝えてはくれぬか』
「え? どうしてそんな嘘を?」
『その方たちを守り、無駄な争い事を起こさぬ為だ』
悪の象徴である魔王と商談をし多額の利益を得たなどと知れ渡れば、店主親子も魔物の使いとして処罰されてしまうかもしれない。
たとえ魔物の使いだとされなくても、多額の利益は僻みや嫉みと言った負の感情を芽生えさせ、親子の存在を排除し、自分たちが利益を得ようと無理にでも処刑する方向へと導くかもしれない。
また悪事を統率する者が不在だとなると、悪しき心を持った人間が暴走をするかもしれない。
魔王はそれが心配だった。
「で、でも、そんな嘘を広めたら魔王様が無実の事で悪者にされてしまいます」
言い伝えられてきた悪の印象とは全く違い、優しさと礼の心を持った魔王の事を娘は心配した。
『それは構わぬ……俺は魔王なのだから……』
「そんな……魔王様……」
『そのような顔をするな、また必要な物があった時は頼むぞ、さぁ、二人とも店の中に入ってくれ』
親子が店の中に入った事を見届けた魔王は両手を挙げると、またうっすらと光が見える程の魔力を込め始めた。
「魔王様~! 私共はお待ちしておりますから、きっとまたお越しくださいね! きっとですよ~!」
床に浮かんだ魔法陣が大きく広がり、そして店は沈み込むように村へと戻って行った。
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