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お父さんが台風で帰って来られないと電話があったのは今日の朝。
わたしは母と家にいた。
台風はこちらはそれほどでもなかったけれど、家のそばの小さい川は水かさが増していたし、ごうごうと音がしていたので、場所によっては強く降っていたのかもしれない。
母は、おとといお父さんに殴られた頬がはれていた。それから手首には強くつかまれたあとも。
以前、母がお風呂に入るときチラッと見たら背中やお腹には青や黄色のあざがたくさんあった。
このままで母が死んでしまう……
わたしはそう思ったのを覚えている。今もきっと青や黄色のあざがあちらこちらにあるに違いない。
「どうしてあんなやつと別れないの?」
わたしは不思議に思ってきいたことがある。
「だって、わたしにはあなたがいるから」
母はわたしを目で抱きしめた。
もっと小さかったら抱きしめてくれただろうけれど、高校3年生になるわたしを抱きしめるのは憚られたのだろう。
「お母さん、わたしはもう大きくなったから。もうすぐ大学生になるし。お母さん、機会があったら逃げてね。死んじゃうから。それか奴隷になっちゃう」
わたしが突然そんなことを言ったので、母は驚いていた。
「でも……お母さんは」
母は口ごもる。
生きる価値がない。子どもがいないと生きる目標がなくなるとでも言いたげだった。
わたしはそんな卑屈な母が嫌いだった。そんなところが父をイラつかせるのだと思っていた。母が暴力を振るわれる理由なんて、母のなよっとして、めそっとしていることろ以外なさそうだった。
「お母さんが生きていてくれた方がずっといい」
わたしがきっぱり言うと母は笑った。涙がにじんでいた。
「わかった。じゃあ、そんな機会があったらそうするわね」
母は夢みたいなことはないだろうと思いながら言った感じだった。
「うん、機会を見つけてね」
「わかった」
「わたしはもうすぐ家をでる。それに、お父さんもおばあちゃんもわたしには甘いから、心配しないで。絶対捕まらないようにね。お母さんが生きていれば、いつか、わたしが一人で暮らすようになったら会えるから」
「そうね。そういう考えもあるわね」
母は力なく微笑んだ。
「絶対だよ」
「うん、機会があったらね。そういえば、小学校の時機会と機械間違えたの覚えている?」
母が嫌なことを言い始めた。
「もう……そんなこと言わなくていいから。いまはちゃんと覚えているって」
わたしは苦笑いしながら話を打ち切った。
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