10/11
前へ
/43ページ
次へ
 二人が無言で向き合って茶請けを摘まみながらサナエの消息を想像している折、松籟がそよそよと吹いて来て覚えず庭の方を見ますと、微かな衣擦れの音と共にサナエが縁側に現れ、直様敷居に額ずき、顔を上げ、「お待たせいたしました。ヒカル様、ケンキチの妻のサナエにございます。」と挨拶してまた一礼しました。  大層めかし込んでおりまして藍白の長襦袢に雪の結晶の模様が入った絞り染めの紺青の一張羅の着物を身に着け、紅粉青蛾した肌は一点の曇りもなく真っ白です。勿論、サナエはヒカルゲンジの気を惹こうとしたのではなく、やんごとなき者に対する女の見栄で粉飾したのです。  その近代的な着物姿に新し物好きのヒカルゲンジは宮中の姫たちにはない魅力を感じて一方ならず惹かれてしまい、これはもうどうしても情人の一人に加えなければ気が済まなくなりました。 「う~ん、噂にたがわぬ美しさではないですか!いや、噂以上ですね、ケンちゃん!」  ケンキチはやはり不味いことになったと思いつつ言いました。 「ヒカル様は相変わらず口がお上手でいらっしゃいます。」 「いやいや、ケンちゃん、しらばくれちゃいけません。私が本心から言ってるのは見え見えでがしょ!いや、ほんとに、だってね、宮中では初対面じゃなくてもはっきり見えないように几帳や御簾でぼかしたり屏風や衝立を間に置いたりする上に扇で顔を隠すもんですが、こうはっきり見せられてはねえ・・・」
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加