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御殿と言ってもケンキチのそれは質素に出来ておりまして彼は贅沢を好みませんから置き物にしましても飾り物にしましてもそうで数も少なく至ってシンプルで床の間に定番の掛け軸の他は椿や桔梗や小菊で飾られた立華が、床脇の違い棚に花瓶が一つずつあるだけで、この和室には家具は一切なくて縁側から見える庭にしましても定番の筧や雪見灯籠の他はオブジェらしきものはなく建仁寺垣の手前に玉散らしの松が一本寂しげに立ち、植え込みの花も目立たぬように咲いております。
只、雲と天女が施された欄間から差す光を浴びたヒカルゲンジの美しさだけが際立つばかりでありまして桜襲の直衣に葡萄染の下襲を着る姿は艶でこの世の者とは思われません。
「これは織部焼ですか?美濃焼ですか?」
不意に尋ねるヒカルゲンジの湯吞を持つしなやかさも誠に優雅であります。
「あの、私は無粋ですから存じ上げません。」
「そうですか、私も計り兼ねます。ホホホ!」
笑う姿も絵になります。
「ほほお、敷き砂の上をセキレイが小走りに、おっと竜の髭から蛇が、おおこわ!」
驚く姿も絵になります。
「あの花は何ですか?」
ケンキチはまた不意に聞かれて、どぎまぎしまして、「えーと、私は花にも疎くて、あれは妻が植えたものでして・・・」
「紫苑じゃないですか、可愛らしい花ですねえ。この庭によく映えます。奥さんは庭を飾るセンスもよくていらっしゃる。」
感心する姿も絵になります。
「ところで遅いですねえ、奥さんは・・・」
「はあ・・・」
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