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「描けたペアからお互いに見せ合えー」
先生の声を合図に、みんなが互いの絵を見せ合う。
「おいおい、もっとかっこよく描いてくれよー」
「そっちこそ、もっと可愛く描いてよね」
とか、
「下手ですまん」
「いえいえ、こちらこそ」
とか、
「なかなか上手く描けてるんじゃね?」
「取り敢えず眼鏡掛けさせておけばいいって思うなよ!」
とか、そんな会話が辺りから聞こえてくる。
不満やら謝罪やら謙遜やら自讃やら、その反応は多種多様だ。罵声が飛び交っているペアもあるようだが、お互いに笑っているから本気ではないだろう。
「高瀬くん、描けた?」
「うん」
「それじゃあ、せーの、で行こうか」
「いいよ」
「せーのっ」
香宮さんの掛け声と共に、胸の前で掲げた用紙をひっくり返してお互いに絵を見せ合った。
「わー、流石は高瀬くん!上手だね!」
僕の描いた絵を見ながら、「凄いなー」とか「このタッチ良いねー」とか、まるで欲しかったものを漸く買ってもらえた小さな子どものように香宮さんがはしゃぐ。
「やっぱり好きだなぁ……」
じいっと僕の絵を見て、香宮さんは目をきらきらと輝かせていた。先程とは違った意味でその頬は紅潮していた。
絵を見て見惚れているのは香宮さんだけではない。僕も同じだ。
――あ、この絵好きだな。
香宮さんの絵を一目見た時、直感的にそう思った。
繊細というよりは、独特のタッチで描かれている少し癖のあるその絵。僕には描けないその絵。それが、好きだと、彼女にしか描けないその絵が好きだと、僕は確かにそう思った。
でも、僕の場合、もっと重傷だと思う。
何せ、見惚れているのは絵だけではないのだから。
香宮さんの笑顔を見て、鼓動が激しくなった。息が詰まって、言葉を口に出すことさえままならない程に。
あと、何となく懐かしさも覚えて、胸が締め付けられるような感じがして、それが余計に僕を混乱させる。
いろんな感情が綯い交ぜになって、言葉が出て来ない。
でも、言葉が出て来ないのはそれだけが理由じゃなくて……。
「ん?どうしたの、高瀬くん」
ぼうっとする僕に、不思議そうに香宮さんが首を傾げた。
きっと『それ』がなければ、僕は彼女の反応にもっと心を奪われていたことだろう。でも、激情の中でも『それ』は無視できないくらいには衝撃的だった。
「あの、それ……」
何とか言葉を絞り出す。戸惑った声が僕の口から零れ出た。
香宮さんの画用紙――そこに描かれた絵は、上手いか下手かと訊かれれば上手かった。
上手いし、好きなのだが。
――可笑しいな。確か、僕たちは人物画を描いていたはずなんだけど……。
真っ白な紙に書かれていたものは、よく見知った植物で。
夏に黄金の花を咲かせるそれは、数ある植物の中でも特に好きな花だった。
「……向日葵?」
「当たり!」
ぽつりと呟かれた言葉を拾った香宮さんが嬉しそうに笑った。
朗らかなその笑みは凄く可愛らしい。
――うん、可愛らしいんだけど……ごめん、一言物申したい。
「何で……」
「うん?」
「何で、植物を描いてるの?」
そう、問題はそこだ。
今日の課題は人物画。ペアを組んで、お互いの顔を描く。それが僕たちに課せられていたお題のはずだ。
だけど、描かれているのは僕ではなく向日葵で。植物であって、人ではない。
――一体、人物画は何処に行ったんだ?あと、僕の顔を見ていたあれは何だったんだ!
心の中で盛大に叫んでいると、僕の言いたいことを察したらしい香宮さんが、ああ、と合点したように頷いた。
「わたし、人物画は描かない主義だから」
「何だそれ!」
それはもう堂々と言ってのけた香宮さんに思わず突っ込んでしまった。室内が騒がしかったため、そこまで目立つことはなかったが、近くの数人が僕たちをちらりと見た。だがそれも一瞬のことで、すぐにおのおのの会話に戻っていった。
難しい顔をする僕に、香宮さんがおずおずと訊ねる。
「下手、ですかね……」
「いやいや、下手とは一言も言ってないから」
しゅんとした香宮さんに慌てて言葉を投げる。
――寧ろ好きですよ!見事僕の好みにドストライクの絵です!
心の中では肯定している。でも、悲しきかな、今は美術の時間である。
「下手とかそういう問題じゃなくてだね……」
と、続けようとしたその時、第三者の声が聞こえてきた。
「香宮、何だそれは?」
みんなの様子を見回っていた先生が僕たちの傍らで足を止めた。そして、香宮さんの絵を訝しげに見遣った。
「先生。これは、高瀬くんです」
「……この向日葵が?」
「そうです。わたし、人物画は描かない主義なので、高瀬くんのことを向日葵として描いてみました」
先程と同じように香宮さんがはっきりと告げる。その言葉を聞いた先生はぱちぱちと目を瞬かせた。
――いやいやいや、怒られるだろ。
固唾を呑んで、僕は事の成り行きを見守る。
けれど、予想に反して先生は面白そうに笑うだけだった。
「ほおー……そうか、これは高瀬なのか」
「はい、そうです」
「どうして向日葵なんだ?」
「第一印象が向日葵だったので」
「ほおー……」
顎に手を当てて、「なるほどなるほど」と先生が興味深そうに頷いた。
「そうか……それならよし!」
――いいのかい!
叫ばなかった僕を誰か褒めてくれ。いや、心の中では思い切り叫んだけれども。
先生は何事もなかったかのようにまた歩き始め、僕たちの元から去って行った。
――ほんと、それでいいのか先生……というか、第一印象が向日葵って何だそれ!
僕の心中はそれはもう荒れに荒れていた。
――え、僕が可笑しいのか?違うよな?
混乱してそう自問自答してしまう程には。
「いやー、怒られなくて良かったよー」
「……良かったね」
ほっと胸を撫で下ろした様子の香宮さんに、僕は力なく相槌を打つことしかできなかった。
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