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それ以降、私が欲の塊を食べることはありませんでした。
心身に限界がきていたこともありますが、一番の理由は、これ以上続けてもエス君のようにはなれないことがわかってしまったからでしょうか。
あの夜の、事も無げに塊を食べた彼の横顔を思い出し、土台人間が違うことを痛感させられたからです。
彼の言うとおり、もし慣れたとしてもあんなスマートな食べ方をすることなんて、逆立ちしてもかなわないでしょう。そんなところでも才能の差が出るものだと、私は思います。仮に食覚が無かったとしても、彼は現在の地位を変わらずに手に入れていた、そう断言出来るのです。
あの夜、彼にした無茶な要求の中に、今でも望んでいることが一つだけあります。
もし彼の相棒として仕事が出来たとしたら……そんな願望から口にした言葉でしたが、今の距離感を保ったままの方がお互いのためなんでしょうね。
そういったわけで、近々この食覚を彼に返すつもりでいたのですが、少々事情が変わりましてね。彼の厚意にすがって長期的に貸してもらうことにしたのです。
これにはもう一つ、慣れもコツも必要のない別の機能が備わっていることがわかったのですよ。
それはまさに"触角”といえるもので、付けていれば常に自分の人生に適した方向性を探り、出会った相手が仲間か敵か判断してくれるという、私のような人間にとっては至極重要な機能でした。
たとえそれで味気の無い人生を歩むことになっても、毒を食らわされるよりかはマシですからね。
今夜もトラブルに遭わないよう、最適な帰り道を案内してもらいながら歩いていたわけですが、前を行く男性が自分と全く同じ方向を進んでいたのです。それが貴方だったわけですよ。
わかってもらえたでしょうか? 決して怪しい者ではないということを。そして「安心してください」と言った言葉の意味を。
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