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第14話
「いやあ、今回もぎょっとするほどアコギでしたねえ。まさか百瀬から金を巻き上げるなんて思いもしませんでしたよ。五百万て。依頼人からも二百万受け取ってるんでしょ? 一ヵ月足らずで七百万荒稼ぎって、これもうほとんど犯罪の域なんじゃないですかねえ……」
場所はあのオサダ前の喫茶店である。屋外は今日も灼熱で、昭和の香り漂う喫茶店内は古いエアコンの唸るような運転音で振動すら感じるほどであった。この店独特のソフトクリームののったメロンクリームソーダを音を立てて吸い込んでから、目の前のアシスタントの皮肉に美麗は鼻を鳴らして笑った。
「だってあんた、ホントに反省させるんならたった数日ビビらせるだけじゃダメでしょう? 荻野さんの依頼は『レイプ犯の逮捕と百瀬勇人に自分の罪を自覚させること』だったんだから。瀧を襲おうとしてるところと反省の弁をとつとつと語る動画でご満足頂いたみたいだけど、あたしはそれは違うんじゃないかと思ったのよね。もっと酷い目にあわなきゃあの子は一生罪に苛まれたままだわ。だから借用書を書かせてあげたの。あの子これから大変よ? あの西野くんのお姉さんの旦那さん、相当執念深そうだから。ほんとの償いはこれから始まる。頑張って欲しいわね」
アイスコーヒーのグラスを下ろし、いやいやいや、と数馬が突っ込む。『モンチッチ』といつも美麗に揶揄される特徴のある濃い眉毛が、まるで単体の生き物であるかのように顔の中で上下に動いた。
「だからって振込先自分にしちゃう辺りがどーなんだって話ですよ! やってることほとんど恐喝じゃないすか! 『追い込むわよ』ってほんと、ヤクザじゃないんですから……!」
「だってあんた、今回の依頼は大変だったじゃない。二百万じゃ割に合わないわよー。あのおデブちゃんを脅すのなんかは訳ない話だったけど、あっちの強姦魔にバレないように周囲洗って犯罪の瞬間抑えなきゃいけなかったんだから。まあうまいこと痴漢の現場を動画に収めることができたから、あの男もしょっ引いてもらって例の画像は全部押収してもらえることになったけど。万一勘づかれて尻尾を引っ込められたり、逆に無修正で画像が流出したらどうしようかと、ストレスで目尻にシワとシミとたるみとほうれい線が……」
「なんで目尻にほうれい線ができるんすか! どーせまたバカ高いエステで科学的な工事を施そうとしてるんでしょ! ……まあ確かに、瀧の逮捕と画像の回収が今回の依頼のキモでしたから、気は遣いましたよね。うまくいってほんと良かったっすよ。オリジナルの画像から特定した被害者が、被害届を出すことに同意したそうです。たまには警察も役に立つんすね。珍しく礼言われましたよ。あと『お立ち台探偵によろしく』だそうで」
「……あたしはお立ち台で扇子振ってたよーなバブル世代じゃありませんっ! まだピッチピチのアラフォーなんだからっ! しかもこのミラノ仕込みのハイクラスなファッションセンスを愚弄するとは、あんのクソヨーロピアン豚ゴリラ、今度会ったらどうしてくれよう!」
「はいどうどうどう。落ち着いて。公共の場ですよ。ヨーロピアン豚ゴリラって……あれ、言いえて妙」
荒ぶる美麗を手のひらで制しながら、馴染みの刑事の顔を思い浮かべ数馬は笑った。目の前で鼻息荒くメロンクリームソーダをバキュームしている雇用主は、相変わらず数馬の常識では推し量ることができない。
「……あ、そう言えば俺、ちょっと謎だったんすけど」
自分のグラスを空にしてから、数馬は口を開いた。メニューを開きフードのページに目を落としていた美麗が、「なに?」と顔を上げる。
「あのアカウント、どういう意味だったんすか? キングボールドとかいうアレ。なんか意味のある言葉なんですか? どうして依頼主は、百瀬のアカウントと一字違いの名を名乗っていたのか――」
「あらやだ。あんた、分かってなかったの? なかなか内角を攻めた自虐だったのに」
手を伸ばし、窓際に置かれた呼び出しボタンを押しながら美麗は言った。その顔が、いたずらっぽく斜めに傾ぐ。
「king-bald、百瀬が名乗っていたアカウントは『禿の王』。そして依頼主が名乗っていたking-boldはね、『勇敢な王』って意味よ。発音はほぼ一緒。ハゲが一文字変われば勇敢になっちゃうんだから、あのハゲ坊やも諦めずに強く生きていって欲しいもんだわね」
「――……ハゲの、王……」
数馬はこの一か月追い続けてきた百瀬勇人の姿を思い浮かべた。背が低くでっぷりと肥えた百瀬勇人の頭頂には、確かに申し訳程度に細い髪がまとわりついているだけだった。ああなったらもう剃った方がよっぽど潔いのにと数馬も思っていた。そんな百瀬勇人が名乗った名が『禿の王』とは――。
「さっ、がっぽり儲けたしモリモリ食べるわよ! しばらくリゾートホテルにこもってエステ三昧してくるからあとはよろしく。あー、これだから探偵はやめられないっ」
はああと溜息をつきながら、数馬はミートソースをむさぼる雇用主を横目で見る。この付き合いももう三年。この先はどうなるのか、数馬にも分からない。
「まーいーですけど。早めに帰って来て下さいよね。どーせまたヨーロピアン豚ゴリラから手え貸せって電話がかかってくるんですから。いくらシワ引っ張っても年増は年増。嘘つきは泥棒の始まりですよ」
「だっ、誰が年増だってんのよ! 大体あんたはね、従業員の分際で態度はでかいは口は悪いわ、どういう了見よ! そもそもあんたなんかどっからどう見てもモンチッチで――!」
口角泡を飛ばす勢いの雇用主。見た目は美女、中身はヤクザ。切れる頭を悪用し毎回どこかから大金を引っ張り出す。
そんな美麗との日々に多大な徒労を覚えながらも、数馬はこの生活に離れがたい愛着も感じ始めているのである。
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