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第9話
それからは昼夜を問わず届くDMに苛まれた。辛うじて仕事にだけは出ていたが、それ以外には何も手のつかない日々が過ぎていった。内容は瀧の殺害を急かすものから、次第に勇人自身の身の危険をちらつかせるものへと変化していった。
『瀧を殺せ。道具はナイフがいい。ネクタイでも構わない。今身の周りにあるもので手早く瀧を殺せ。』
『配達の車内で何を叫んでいた?精神不安。アンタッチャブルはみんな通る道。』
『バスの中で荻野のツイートを見ていただろう。お前が寺岡を殺したと教えてやろうか?次はあなたの番ですよ、と聞いた時の荻野の顔を思い浮かべろ。』
ぞっとした。king-boldは勇人の配送車の後をつけ、バスにまで乗り合わせていたということか。その日の朝のバスでの立ち位置を思い出してみる。相変わらず混みあった車内。勇人は立っていて、周囲には男子高校生が囲み社会人と思しき者も二、三人いた。香水の匂いをさせた女、スーツ姿の中年男性、ラフなアロハシャツの若い男、そんなような人物がいたような気もするが定かではない。
DMには出勤途中オサダ前で撮影されたらしい凛の画像も添付されていた。あの荒い画像の中で腰を伸ばしていた、瀧和夫のスーツ姿も。鮮明な画質で見る瀧は、いかにも銀行員然とした神経質そうな表情の細身の男だった。二枚の画像が交互に並んだDMは勇人に決断を強要している。その下の灰色の吹き出しには一言、『四人目はどちらだ?』と書かれているのだから。
『瀧を殺せないお前に存在価値はない。狩ろうか。荻野の後にお前を狩ってやろうか。』
勇人は返事を返せなかった。思考が停止してしまっていた。『狩ろうか』という四文字に死んだ大橋の顔が浮かぶ。膨らんだ身体にいくつもの拳をめり込ませ、鼻血と汗でぐちゃぐちゃになっていた大橋。
『忘れないでもらおう。こちらはいつでもお前に手を下せる。瀧を殺せ。四人目の殺人をお前の手で犯せ。落ちぶれた王に返り血を。今までの犠牲者に弔いを。』
king-boldが使う四人目という言葉。勇人の脳は疲弊しきっていたが、この言葉にだけは強烈な引っ掛かりを覚えていた。四人目ではない、正しくは三人目だ。勇人が結果的に殺したような形になってしまったのはふたり。大橋と寺岡。もしking-boldが勇人の殺した人間の数にこだわっているのだとしたら、これはチャンスなのではないだろうか。
うわの空で仕事をこなしながら、丸一日をかけて文面を考えた。夜になるのを待ってから万年床で布団を被り、勇人は意を決してking-bold宛てにDMを送信した。
『聞いてください。あなたは僕がすでに三人殺しているといいます。でも僕の計算では二人なんです。だから僕が殺しに行かなくてもいいんじゃありませんか?』
返信はすぐに返ってくる。まるで勇人からのDMを予想し、すでに文面を入力してあったかのようだった。
『つい最近一人死んだ。アンタッチャブル狩りで心を壊した。家から一歩も出ることなく八年間苦しみとうとう命を絶った。それをお前は知りもしない。』
『瀧を殺せ。この男は魂の殺人者。息の根を止めずに相手の魂を殺す。手を染めぬ殺人者であるお前の初めての獲物に相応しい。』
『瀧を殺せ。瀧を殺せ。お前の手で瀧和夫を殺せ。五日間猶予をやる。それまでに瀧を殺せない場合、荻野凛を殺し我々の手でお前を狩る。』
絶望した。勇人は確かに三人目の犠牲者を生み出していたのだ。高校時代に自分の権威を誇るため、アンタッチャブルという階級を生み出し蹂躙することを許可した勇人。
これは罰なのだろうか。自らの手は全く汚していないとはいえ、勇人は結果的に三人の人間を死に追いやったことになる。三人殺せば普通は死刑だ。king-boldは勇人を、アンタッチャブルがされたように残酷に嬲り殺しにしようというのだろうか――。
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