第5話

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第5話

 人を殺したことはこれが初めてではなかった。勇人が直接手を下したわけではない。勝手に死んだのだ。遺書には勇人の名が書かれていたようだが。  高校時代、勇人が敷いていた完璧な階級制度の副次的な犠牲者。幹部・取り巻きには下層の奴隷をいたぶる権利があったが、いつ自分がそこに落ちるとも分からない恐怖感も抱かせていた。恐怖は人心を掌握する一番簡単なツールである。けれどそこには大きなストレスがのしかかる。やり過ぎると反逆を起こしてしまいかねない。  そこで勇人はそのストレスを開放する場を作ることにした。奴隷の下に更なる差別階級を生み出したのだ。  それを『アンタッチャブル』と呼んだ。一般生徒の中の、いかにも弱そうな存在を名指しして「臭いね」と言って笑う。それだけで勇人の信者達は悟った。アンタッチャブルは最下層民。どのように扱っても咎められることはない。それどころか、いたぶればいたぶるほどに王の歓心を買うことができる。  信者、特に奴隷階級の者は嬉々としてアンタッチャブルを狩った。その様子をわざと勇人に見せて昇格を狙う者もいた。実際それによって階級の上下は起こった。アンタッチャブルは狩人の腕前を誇示するためいたぶられる、哀れな獲物となったのである。  とは言え勇人自身が残虐な狩りを好んだわけではない。元々加虐嗜好というものを持ち合わせていない勇人は、凄惨な暴力の場面などでは目を逸らしたくもなった。だが勇人には、王として威厳を保って狩りの一部始終を見届ける義務があった。階級社会を維持するには、共通の敵を作り出し駆逐するというファンタジーが必要だったのである。  それである生徒が死んだ。自殺だった。結果、間接的に勇人は人をひとり殺している。その自覚はある。そしてそれが昨日、ふたりになった。 『死体は埋めました。完全犯罪ですのでご心配なく。』  繰り返し何度も読み返したDM。深夜一時に受信したこのDMには動画が添付されている。震える指が動画をタップしてしまう。見たくない。でも目を離すことができない。  ――真っ暗な闇から始まる映像。やがてちらちらと光をはらみ始める。それで激しく手ブレしているのだと分かる。音声はない。街灯があって夜の路上。住宅街。男の後ろ姿。豊かな髪。振り返り浮かぶのは驚愕の表情。知っている。この男は、寺岡潤一だ。  顔がアップになる。衝撃が寺岡の端正な顔をゆがめる。次の瞬間、眼球が零れ落ちそうなまでに目は見開かれ、ぽかんと開いた口が何かをこぼす。聞こえない。悲鳴だろうか。寺岡が崩れ落ちる。そして画面には、ライトで照らされ真っ赤な粘液を反射させる大型のサバイバルナイフ。  嘘だろ嘘だろと耳に届く念仏が、自分の口から洩れていたことに驚く。一体何が起きているのか、勇人にはまだ理解することが出来ない。  きっかけは『king-bold』だ。突如フォローしてきた。勇人の裏垢『king-bald』と一字違いのアカウント。気まぐれにフォローバックしたのはアカウント名が似ていたからである。もしかしたら自分と同じ闇を持つものではないか、そう思った。実際にはking-boldは一切ツイートすることはなかった。動きを見せるのは勇人にDMを送ってくる時だけ。  画面をスクロールする。そのking-boldから送られた、灰色の『殺しましょうか?』のメッセージが繰り返される。その後に突然現れる青の吹き出し。そこには『お願いします。』というひと言。勇人が送ったのか。この画面を見る限りは間違いない。勇人は、king-boldに殺人を依頼してしまったということなのだろうか。  突如の吐き気に襲われ、ゴミ箱を抱き寄せ胃液を吐いた。えづきながら、この動画は狂言ではないかと考えてみる。こんな馬鹿な話は聞いたことがない。きっとこれは俺を担ぐための狂言に違いない。  そう思おうとした。思いたかった。けれど助けを求めた先に勇人は現実を見てしまった。凛のアカウント。ツイートされたのは二時間前だ。 『潤と連絡がとれなーい。見かけた人いますかー?』  また指が震え始めた。寺岡のツイッターを見ると昨夜のパーティーを最後に更新がない。今までコンスタントに投稿をしていた寺岡。朝食の投稿もランチの投稿もない。そこには明らかな違和感が横たわっている。  覚悟を決めてking-baldのアカウントを開いた。DMには動画が張り付いているがそこからは目を逸らす。一番下の『メッセージを作成』をタップして少し考える。訊かなければ。king-boldに訊かなければならない。 『まさか本当に、殺したのですか』  すぐに返事が返ってくる。勇人からのDMを待ち構えていたかのようだった。 『ええもちろん。王の命令は絶対、でしょう?』  スマホを取り落とした。吐き気が込み上げ、万年床を勇人の胃液が汚す。黄色い粘液の所々に赤い欠片が混ざって見えた。血だ。焼き付くように喉が痛い。  勇人はこれで、ふたりの人間を殺してしまったことになる。
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