第一章 01 交わり

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第一章 01 交わり

 部屋の中には闇が立ち込めていた。寝台脇に置かれた燭台がぼんやりと照らすのは、佇む男女。 「ラス」  呼名とともに、女が夜着をはだけた。  蒼白の肌が胸元まであらわになる。決して豊かとは言えない痩せた身体だが、男を惹き付けるに十分な魅力を放っていた。 「ラス」  再び名を囁かれ、今度は女の顔を見た。肌ばかりを眺める男に少々苛立ったらしい。  すべてのパーツが完璧に配置された、彫刻のように美しいかんばせ。左右で色彩の異なる黒瞳の中に混ざるのは、微細な怒り。そしてそれを上回る慈愛。あられもない姿をさらすことで示される、許諾と受容。  湧きあがる感情のまま、男は女の剥き出しの白い肩を掴んだ。そして首筋へくちびるを落とすと、そのまま口内の刃を突き立てる。 「――っ、あっ……」  女の悲鳴が余りに艶めかしく、衝動的にその細い腰へ腕を回していた。  身体を仰け反らせる女を強く抱きすくめると、足が床から離れた。  女の細い身体を支えるのは、男の腕だけ。戦地で鍛えた逞しい腕。  女の息が荒い。喘ぎの合間に呻きが混ざる。そこに含有されるのは、皮膚を食い破られた苦痛ではなく、こらえ切れずにあふれ出る悦予(えつよ)。  彼女の一族にとって、この行為は最高の性愛表現なのだ。それを思えば、ますます気分が高揚する。ぐっと腕に力を込めた。  女も、男を放すまいとその頭を強くかき抱いていた。浮いた脚を男の腰に絡めようと足掻く。  男は女の臀部へ片腕を回し、下半身を支えるとともに丸い感触を愉しんだ。そうしながらも、口内へ流れくる熱く甘い液体を啜り、嚥下する。  やがて男は、立位での行為に疲弊と不満を覚えた。もっと深く重なるために寝台へと場を変えたい。  首筋へ喰らい付いたまま、腕の中の女をベッドの上へ横たえる。途端、女の脚が蛇のように腰を締め付け、二人の肉体が強く密着した。そのリクエストに応えるように、さらに深く牙を沈める。同時に女も婀娜(あだ)めいた声で反応した。 「ああ……ラス」  前後不覚の状態で呼ばれる名の、なんと淫靡なこと。理性がバターのようにとろけていく。  もはや血を啜ることが主目的ではなくなる。突き立てた牙の角度や深度を変え、女の柔肌をいたぶる。悶える女の反応を五感で味わい、満喫する。  双方のこめかみに汗の玉が浮かび、互いの白熱ぶりを明白にする。けれど、彼らの『交わり』はこれ以上の進展を遂げることはない。  なぜなら彼らはヒトではなく──。
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