06 本題 

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「あまりに美しすぎてよく目立ったそうだ。麗しい貴公子がいると思ってうっとりと見つめると、次の瞬間には女性だと気付く。男装の麗人なのかと目を見張ると、次の瞬間には完全な男に見える。そしてもう一度確認しようとしたときには、その姿はそこには無い。そしてその人物が一体どこの誰なのか、知る者は一人もいない」  エドマンドは瞳に真剣な光を宿らせ、ヴィオレットの麗姿を真っ直ぐ捉える。 「まるで『君』だ」 「エドマンド様!」  シェリルが非難の声を上げた。 「そんな、確かにその特徴はこの方です。ですが、ヴィオレット様はここひと月ほどは外へ出ておりません」 「ぼくだって、ヴィーがそんなことをするなんてこれっぽちも思っていないよ。……でもね」  エドマンドは苦い顔をした。 「『石榴館(せきりゅうかん)』の奴らが調査に乗り出した。君を犯人だと疑っている。きっと近々、ここに事情聴取にやってくるよ」 「なんだと……」  女の顔が、さらなる不機嫌に歪む。  石榴館(せきりゅうかん)はカルミラの民の社交場の一つだ。ただしそこに集うのは、過激で狭量な連中。  カルミラの民は、刹那主義で享楽主義。基本的には個々の欲望に従って生きている。  そんな種族の行く末を案じ、奔放な行動を自粛して、かつ種の保存を第一に考えるべきだという考え方の者たちが集っているのが石榴館だ。  その最たる思想が、『人間をむやみに殺めるべからず』だ。  自分たちの存在が表沙汰となり、人間に『仇敵』として認識されれば、数で劣るカルミラの民は圧倒的不利だ。絶滅の憂き目に遭いかねない。  もちろん、『理由なく人間を殺すな』というのはヴィオレットをはじめ、大多数のカルミラの民が賛同することだ。だからこそ、石榴館の連中による『私刑』を黙認している。  彼らはある意味で『法の番人』となり、カルミラの民を律しているのだが、その思想は苛烈に過ぎる。好き好んで関わりたい連中ではない。 「もちろん父上や母上だって君の無実を信じている。けれど奴らはそう簡単には引き下がらないだろう。その上、『超越者』のそいつを見られたらどんな騒ぎになることか。シェリルにだって害が及ぶだろう」 「ずいぶんと脅迫めいた忠告だな」  ヴィオレットが低く吐き捨てた。たっぷり怒気の詰まった声に怯みかけたエドマンドだが、負けじと言い返す。 「君のためを思ってだ。この事態を少しでも良い方向へ持っていくためにはどうしたらいいか、わかるね」 「この私が自ら、奴らの元へ足を運んで弁明しろと?」 「それが最善だろう」  舌打ちとともに、ヴィオレットの視線が鋭さを増した。他者に己の行動を指図されるなど矜持が許さないのだろう。  エドマンドは静かにヴィーの圧力を受け止めた。ここで感情的になってしまったら収集がつかない。シェリルも主人の傍らでハラハラしている。  緊張を破ったのは、暢気なあくびの音だった。発生源は、先程から黙していたラスティ。この状況が掴みきれていないのかと、エドマンドは呆れと苛立ちのこもった目で赤毛の男を見てしまう。 「面倒臭いことになる前に行って来れば? 俺は、ヴィーが殺人犯にされるのは嫌だな」  のんびりとした男の言に、ヴィオレットは複雑な顔を見せた。だが表情からは険が取れている。 「そっ、その通りですわっ! ヴィオレット様がそんな不名誉な嫌疑を掛けられているなんて、わたくしだって従者として耐えられません! エドマンド様だって、彼の方々が動き出す前にこうして教えにいらしてくださったのですから……。どうか身の潔白を明らかにしてくださいませ」  ラスティに続いてシェリルが訴える。いつもにこやかな彼女も、必死の面持ちだ。だがその顔がきりりと引き締まり、ぐっと胸を張る。 「ですが、なんの罪も犯しておられないヴィオレット様がわざわざ足を運ぶこともない――とも思います。彼の方々が、我があるじを犯人と疑ってここに来るというのなら、わたくしもそれなりの態度で臨ませて頂きます」  剛毅な態度を見せるメイドに、主人もとうとう折れたようだ。苦い顔で髪をかき上げ、長く嘆息した。 「……わかったわ。そうね、確かに土足でこの屋敷に踏み込まれるのも気に食わない。早急に石榴館へ赴きましょう」 「ありがとう、ヴィー」 「エド、お前に礼を言われる筋合いはない」  にべもなく返され、エドマンドは肩をすくめるしかなかった。けれど内心で深く安堵する。屋敷の主に嫌厭(けんえん)されることを覚悟の上で、早朝の訪問をした価値があった。  もし、事情を知らぬままのヴィオレットと石榴館の連中が対峙していたら、短気VS石頭の泥沼の争いになっていただろう。  シェリルが拘束され、ラスティも稀有な『超越者』として連行されていたかもしれない。……後者はどうでもいいのだが。  エドマンドは、ヴィオレットのためならばなんでもしてやりたかった。  例え、この献身を疎まれたとしても。  彼女が心を閉ざし屋敷に(こも)るようになったのは、自分のせいなのだから。 「ヴィー、ぼくも一緒に行くよ」 「いいや、私ひとりでいい」  ヴィオレットの細く美しい指が、赤毛の男を指していた。 「エド、私が不在の間、屋敷の留守を預かってくれない? それで、ラスにいろいろ教えてやって」  女は艶やかに笑っていた。彼女は頼みごとをするときだけ、こんな顔を見せてくれる。  そしてそれを見たいがために、エドマンドも馬車馬のように働くのかもしれない。  結局は惚れているだけなのだ。
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