第二章 01 闇色の右目

1/1
前へ
/60ページ
次へ

第二章 01 闇色の右目

「賭けは私の勝ちのようだね」  金髪の男が典雅に微笑む。手を翻すと、数字の並んだカードがパラパラと机上に舞い落ちた。  対面に腰掛ける黒髪の男は震えていた。白い肌と尖った耳を持つ、カルミラの民だ。  だが、彼の背後に控える四人の従者たちは、さらに怯えて身を寄せ合っていた。一様に美しい容姿の男女だったが、今は恐怖に顔を歪ませている。  金髪の男は三つ編みにした己の毛をもてあそびながら、四人の従者たちを順繰りに眺める。彼は、特徴からしてカルミラの民ではないようだ。  だが、左目はありふれた碧眼なのに比べ、右目は深い深い闇色で、そこから人外の力を放っている。 「では、右端のお嬢さんをもらって行こうか」  指名された従者が小さく悲鳴を上げる。他の従者も声を上げて泣き出した。 「ほ、本当に連れて行く気か」  カルミラの民がか細い声をあげる。 「四人もいるのだから、一人減ったっていいだろう?」 「数が問題なのではないっ! 主人と従者は、魂で繋がっている。それを引き裂くのはあまりに残酷だ……!」 「敗北してから、賭けの条件に文句をつけるのは無粋だね」  金髪の男が笑みを濃くする。室内の空気が重くなったような錯覚と共に、カルミラの民は沈黙した。目を見開いてただ戦慄くのみ。 「ほら、おいで」  男が手招きすると、右端にいた少女は数秒ためらってから、ふらふらと歩き出した。その瞳からは先ほどの恐怖が消えていたが、熱に浮かされたように焦点が定まっていない。  男は椅子から立ち上がり、少女の肩を優しく抱いた。 「これからよろしく」  耳元へ囁くと、少女がハッと意識を取り戻した。瞬く間にその顔が恐怖で席巻される。 「ホレス様、助けてください!」  悲痛な叫びを受けても、主人は立ち上がることすら出来ない。ただ膝の上で拳を握り締め、震えているだけだった。 「いやです、どうかお許しください、いや!」  逃げようとする少女の細い腕を、金髪の男は後ろにひねりあげた。 「暴れると折れてしまうよ」  それでも少女は抵抗をやめない。あまりに哀れすぎる声で、嫌だ助けてと主人の名前を呼び続け、顔を濡らしていた。  ホレスは視線すら合わせない。その背後で従者たちが滂沱の涙を流していた。  カルミラの民と従者は、魂で繋がっている。その絆を引き裂かれることは、言語に絶するほどの精神的苦痛だった。  少女は腕をきつくねじられてもなお、悲鳴をあげ続ける。  金髪の男は小さく嘆息すると、少女の額をトンと叩いた。途端、少女の瞳から光が失われ、細い身体がくずおれる。それを荷物のように肩へ担ぎ上げた。  誘拐さながらに従者を連れ去られようとしているホレスは、男がこちらに背を向けたところでようやく顔を上げる。膝の上には、血と涙が点々と落ちていた。  金髪の男は、悠然と歩み去っていく。その背を、ホレスは瞳に『力』を込めて『視た』。  唐突に屋敷へやってきた、この得体の知れない男のことを、ホレスはなにも知らなかった。ただ右目から発せられる圧力に負けて、意に沿わぬ賭けをしてしまったのだ。  男が賭けたのは、その黒々とした右目だった。そんな薄気味悪いものなど、最愛の従者たちとは比ぶべくもないというのに。  だが、男の魂を『視認』したとき、ホレスは悲憤を忘れて驚愕に(おのの)く。 「ヴィオレット・L・マクファーレン……? ──『源祖(オリジン)』にして……『始祖(ビギニング)』……!」  思わず叫ぶと、金髪の男が少しだけ振り返る。彼の闇色の右目は、真冬の大気のように冷えていた。  ──殺される!  ホレスはそう直感して立ち上がった。手を広げ、背後の従者らを庇う。 「おっと、油断してしまった。ずいぶん深くまで『視られた』な」  ただそれだけつぶやくと、男は少女を抱えて立ち去って行った。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加