食べられない『アレ』

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「あのさ、アレあるじゃん」  ナツとの会話はよくスタートで躓く。 「いきなりアレって言われてもちょっと汲み取れないなぁ」 「アレだよ、お弁当買うとたまに入ってるやつ」  今日のナツの昼食は購買で買ってきたお弁当だ。それで何か関連する話を思い出したらしいということは分かったが、出てくる情報が曖昧過ぎて何の話をしたいのかが全く分からない。 「もうちょっとこう、具体的に」 「葉っぱみたいなやつ!」  サラダ……とかではないだろう。 「もう一声」 「食べれないやつ!!」 「あぁー……」  分かった。理解はした。だけど。 「アレね」 「そう、アレ!」  名前が分からない。お弁当を買うとたまに入っている、葉っぱみたいな、食べられない、アレ。 「で、アレがどうしたの?」 「この間食べちゃった」 「え、嘘」  いくらナツでもプラスチックは食べちゃマズい。 「大丈夫だったの?」 「うん、ちゃんと出した」  よかった。飲み込んだとか言ってたら本格的に心配した。あとびっくり人間認定してた。 「アレでお肉巻いて食べたら、何かビリッてなって」  お肉巻いた段階で気づけよ。 「んで、噛み切れなかったから、ペッて」 「ナツのことだからそのまま飲み込んだのかと思ったよ最初」 「それはないよぉ、何だと思ってるの?」  びっくり人間。 「ていうかアレ何であるの? いらなくない?」 「いらないってことはないと思うけど」  何かの役割を果たしていると思ったこともないけども。 「アレはわたしの敵です」  勝手に誤食しておいて敵扱いである。 「全世界のお弁当からアレをなくそう!」 「せめて名前くらい調べようよ」  敵情視察は攻撃の基本ですよ奥さん。  スマホを取り出すと、ナツが「またあなたという人は」とでも言いたそうな顔で見てきたが、「じゃあお前名前分かるのかよ」と睨み返したら引っ込んだ。調べる癖をつけなさいよいい加減。  それにしても、何て調べれば出てくるんだろう? 「どう検索すれば名前出てくると思う?」 「……じゃあ、『弁当 葉っぱ』で」  まだちょっと乗り気じゃなさそうだった。どんだけグーグル先生嫌いなんだよナツ。ちなみにあんたの使ってるスマホの中身はグーグル製だぞ。 「レタスとかしか出なさそうだけど」 「いいから早く」  はいはい。  入力。検索。表示待ち。 「……あ、出た」 「ほらね!」 「これはやられましたねぇ」  レタス完敗。いや、レタスも出るんだけど、それよりも前に出た。これは間違いなく、アレだ。 「何て名前なの?」 「バランって名前らしいよ」 「バラン?」 「バラン」 「バランバラン?」 「バランバラン」  変な名前だなとは思った。 「おかずの仕切りとして使われる、だそうで」  あんまりちゃんと仕切ってくれてる印象はないが。仕事しろよナツじゃないんだから。 「そっかぁ、お弁当の中身をバラバラにするからバランなんだね!」 「そういうことじゃないような気もする」  でも、案外本当にそういう理由でのネーミングなのかもしれない。そう思ってもう少し調べてみると、名前の由来も出てきた。 「葉蘭(はらん)が名前の由来なんだって」  昔は、葉蘭という植物が持つ大きな葉をお弁当の仕切りに使っていたそうだ。どこから出てきた濁点。 「はらぁん?」 「何だろう、その言い方ちょっとエロい」 「うふぅん」 「もう結構」  ナツには小動物的な可愛さはあるが、色気はない。 「どうせなら食べれればいいのにね」 「おぉ、ナツにしてはまともな意見」  誤食した経験を持つ人間は視点が違う。 「ハッ……食べれるアレを作れば儲かる……!?」 「名前を覚えてあげる気はないのね」  せっかくグーグル先生が教えてくれたのに。 「ていうかフツーの野菜でよくない?」 「うーん……」  実際それこそレタスなど葉っぱ系の野菜が使われていたりもするけど、プラスチックだと量産しやすいとか形を整えやすいとか腐らないとかいろいろメリットもあるんだろう。  まあ、少なくとも安全面については絶対にプラスチックのほうが悪い。何せ、 「間違って食べちゃう人もいるからねぇ、ここに」 「そーだそーだ!」 「そんなにいないとは思うけどね」 「えー」  見るからに食べ物ではないし。 「分かった、緑なのがいけないんだよ」 「なるほど」  食べられないものであることをもっと分かりやすくアピールするというのはありかもしれない。だとしたら、 「何色ならいいんだろう」 「青とか?」 「青がお弁当に入ってたらちょっと嫌かなぁ」 「そっかぁ」  青いカレーの画像をこの間見たけど、味がカレーなんだとしてもちょっと厳しそうだった。ブルーハワイは平気なのに、何でだろう。不思議。 「いろんな色のアレを作って、使い分ければいいんじゃない? そのほうがきれいだし」 「あぁ、確かに」  カラーリング豊かにすれば楽しい見た目になって案外良いかもしれない。 「今日のナツは何だか冴えてる。無駄に」 「えっへん!」  ナツは余計な情報を耳に入れない主義だ。  ところで、ナツさん。 「そろそろ昼休み終わるけど、食べなくていいの? お弁当」 「あっ!」  アレの話ばっかしてるからだよ。……あれ、名前何だったっけ、アレ。
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