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──ティッチィの寝具を作り終えたポルテは、まだ日が傾き始めたばかりではあるが、早々に眠ってしまうことにした。腹は減っていないし、早急にやらなければならいようなことも無い。そもそも頭が重くてなにかをしようという気になれなかった。
ふとティッチィの方を見ると、彼女は葉に埋まるようにしてすうすうと静かな寝息を立てていた。夜通し森を歩いたのであれば、疲れ果てていて当然である。ティッチィの心地良さそうな寝顔を見ていると、ポルテもまぶたが重くなってきた。欲求に従い寝床に横たわると、すぐに目を開けていられなくなった。真っ暗に染まった世界で、ポルテは今日の出来事を思い出す。ルィーレの果実を見つけて、家に戻るとティッチィがいて、彼女を川に連れていき、そして今、同じ家の中で眠っている。
やがて想像は現実を追い越した。
ティッチィがポルテの手を引いてどこかへ向かっている。周囲は真っ暗で、そこがどこなのかはまるで分からない。道もなければ凹凸もなかった。四方八方が暗黒で包まれている。ただ、ティッチィには道が見えているようだった。ポルテの手を取って先を行く彼女は、辺りを重く漂う濃厚な霧のようなものを上手く避けて歩いていた。しばらく歩いていると、ティッチィの向かう先に光が見えた。大きな光だった。光まではまだ遠い。光の出現によって、あたりの暗闇がよりどす黒いものに感じられた。妖しく蠢く闇は、底知れぬ悲しみと恐怖を内包していた。一度その中に身を落とすようなことがあれば、二度と光射す道に戻ることはできないだろう。暗闇はそれほどに重たい。
想像はいつしか夢へと変わっていた。けれどこれは悪夢ではない。これまでに再三ポルテを蝕んできたそれとは違う。そこには、確かに光が存在していたのだ。
──果たしてこれはおれの夢なのだろうかと、ポルテが闇の世界でひっかかりを覚えたちょうどその時。彼は何かに意識を引っ張られるように、ふと目を覚ました。右腕が異常に温かい。周囲はやはり暗かった。しかしその暗闇は、目を閉じた先にある世界で見た、あのおどろおどろしい色のそれではない。そこにあるのは夜には欠かせない、良き隣人として認め得る闇だった。
目が暗がりに馴れていくにつれて、闇の世界で見た記憶が、すうっと霧のように消えていった。ポルテは腕の温もりに目を向けた。そこにはティッチィがいて、ポルテの右腕にしがみつくようにして眠っていた。声を掛けようとして、ポルテは思い止まった。小さな体をより小さく丸める彼女に、ポルテは既視感を覚えたのだ。
「……そうか」と、ポルテは小さな声をこぼした。思い出してみると、ティッチィのような寝姿をポルテは見た記憶がなかった。ただ、ポルテ自身が彼女のように、体を丸めて眠っていたことがあったのだ。
あの頃はまだ、父と母を喪って日が浅かった。両親の温もりを、体が覚えていた頃だ。仰向けになって眠ろうとするとどうしても、自分が一人なのだと強く思い知らされた。雑に枝を組んだ天井が、月明かりの溢れる壁が、お前は一人ぼっちだと嘲笑っているようだった。
ポルテは思う。ティッチィもまた、両親の温もりを覚えているのだろう。だが、それをおれに求めるのはどうなのだろうか、と。
ティッチィの傍にいてやりたいという気持ちはある。ティッチィが彼らの元に帰れば、彼女は満開の花のように笑うことも、雛鳥のように忙しなく口を動かすこともなくなるだろう。少女はまるで出会った時のように、自らの存在を失うのだ。同族の中の一人として、森に立つ名も無き一本の木のように、その個性を埋めるよう強いられるに違いない。それが群れの中で生きるということだ。木に繁る葉は全て同色でなければならない。ポルテは異なる色をしていたからこそ弾かれてしまったのだ。
ポルテは、ティッチィという少女の色が失われてしまうことを惜しく感じた。けれど、それがティッチィのためなのだと強く思う。同族と共にいれば、餓死はしないし、困難に遭遇しても仲間と力を合わせて乗り越えられる。地に落ちた葉の一枚などすぐに朽ちてしまうが、木に覆う無数の葉であれば、それは森を揺らす強風にすら耐え得る。そしてティッチィという葉はまだ、同族という大きな木の枝に繋がっている。彼女はまだ同族の元に帰れるはずなのだ。
だがポルテは違う。ポルテという種は既に木から零れ墜ち、そこに小さな芽を出した。雄大な自然の中において、その芽はあまりにも脆弱すぎる。例え、傍にもう一つ種が落ちてきたとしても、その葉で雨風を遮ってやることすらできないのだ。
「……おれには無理だ」と、ポルテは細く射し込む月明かりより、さらにずっとか細く呟いた。左腕を額に乗せて考える。ティッチィが、一日でも早く同族の元へ帰りたいと言い出すためには、どう接すればいいのだろうか。なんと言葉をかければいいのだろうか。
何も思い付かないでいる内に、ティッチィの規則的な寝息に誘われ、ポルテは再び眠りに落ちた。
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