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対峙
それから30分くらい経った頃。
「ちょい作り過ぎたかな……」
バットにずらっと並んだ餃子を見ながら呟いた有村の声に重なるように、ピンポーンとインターホンが鳴った。
慌てて手を洗った有村がモニターに向かい合った時、遠目ながら見えたの。センセーんちのカギを持ってったはずの真紘が映ってんのが。
「何……お前まさか……」
通話ボタンを押しながら有村が低い声で言いかけると、『りっちゃん、あの……止めたんだけどね……』って、それは取り繕うような感じで……
なんか様子がおかしいなと思ってたらディスプレイに映ってた真紘がぐいんと横に動いて、そこに、別の男の顔がアップで映し出された。それは、昼間検索画像一覧で見た、あの……
『理人。開けろよ』
ひと際低い声。
「螢……」
有村はハッとしたように俺を僅かに振り返って口を噤むと、「教え子を泊めてるから無理って言ったでしょ」と静かに告げる。
『自分の目で確かめるから、開けろって。ほんとに教え子なら開けられるだろ』
これは……もしかしなくても、俺、有村の浮気相手って疑われてる……?はぁ……ってため息をつく、少し猫背ぎみの背中。なんとなく、有村が考えてることが分かる。
ここで突っぱねるために言い合いをすれば誤解で恋人をさらに怒らせ、しかもその言い合いを俺に聞かれ──
諦めて通せば、恋人といる自分っていう俺には知られたくない超プライベートを見せなきゃなんなくなり──
どっちも選びたくないよな、そりゃ。
「先生。顔だけ見せたら部屋に引っ込んどくから」
まぁ、世話になってるしさ。困らせるのも悪いしと思ってそう言った。そしたら有村は振り向いて、ほんの小さな笑みを俺に見せてまたモニターの方を向くと、「どうぞ」とだけ言って通話をオフにした。
「いいよ。ここにいれば」
「え……」
「そういう巡り合わせなんでしょ。もう諦めた」
ごく静かにそう言って、もうじきやって来る二人を迎えるためか、音もなくリビングを出て行った。
やがて鳴った玄関チャイム。物音と話し声がいくらかした後、少し早目の足音がしてリビングの戸が勢いよく開いた。
分かってたのにドキンとした。そこに現れた男を見て。
すっげぇ迫力。こういうのをオーラって言うんだっていう……ファンでもなければ女でもないのに、心臓が強く打つ。ドキッドキッドキッって……
だからだと思う。なんか悔しくて……俺はダイニングチェアに座ったまま向きを変えギプスの足を組むと、真正面から先生の恋人、工藤螢と対峙した。
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