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痛ってぇのなんのって。 「大丈夫!?じゃないね!ほら、背中来て!」 有村が泡食った感じに俺を負ぶおうとしてきてさ。 「い…いいって……っつぅ…」 「ごめん、ほんとごめん!いいから負ぶさって!」 いつもふざけてヘラヘラ笑ってる有村が真剣なのと、とにかく足が痛すぎるのとで俺は仕方なく有村の背中に負ぶさった。 細っこく見える有村は以外にもしっかりとした足取りで俺を負ぶって、ものすごい早歩きで保健室まで行った。 「あー……こりゃ病院だわ。有村先生、次授業は?」 「空き。俺が連れてって来るわ」 保健の松岡が氷を入れたビニール袋で俺の足を冷やしてくれながら、有村に手続きのことなんかを説明してる。 結局有村の車で病院受診。レントゲンの結果、靭帯損傷と骨にヒビが入ってるとかでギプス固定、松葉杖が決まって── 「マジかよ……」 俺は頭を抱えた。急に決まった親の転勤について行きたくなくて学費と家賃以外の仕送りは一切いらないから一人でやらせてくれって頼み込んで、一人暮らしをしてる。 つまり生活費その他はバイトで稼いでるってこと。さらに言えばこの足じゃバイトは休まざるを得ないってこと。 一人でやるって言った以上、親には頼りたくない。ギプスが外れるまでの1ヶ月をどうするか……手立てを考えてたら、有村が「ほんと、ごめん」って神妙な顔で言うから……あんまりいつもと違うのがなんか可笑しくて「もういいよ」と笑った。 別に怒ってなかった。わざとやったんじゃないのは分かってたし、急に立ち止まった俺も悪かったしさ。 ところが有村はそうは思わなかったらしい。やっぱ大人の責任ってヤツ? 「本庄、一人暮らしだろ。治るまで俺んちおいでよ」 静かにハンドルを捌きながら、ちらっと俺を見て言った。 「いいって。大丈夫。なんとかなるから」 その保証はなかったけどさ。有村にそこまでしてもらうのも気が引けたし。 「その足じゃバイトも無理でしょ。貯金、あるの?」 「……ある。大丈夫だって」 担任である有村は俺の状況をよく把握してて、今はそれがやっかい。貯金は音のいいステレオとスピーカーを買うためにコツコツ貯めてきたもので、正直使いたくはなかったけど。 「俺んとこくれば、家事は全部してやるし生活費はタダになるよ?そんくらいさせてよ。近年まれにみる後悔に襲われてんだから」 冗談めかしていながら案外本気っぽい有村の綺麗な二重の目が、信号待ちの間隙にこっちを見つめてきてさ。
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