ありそうでなかった話

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異動してきて最初の出勤日、対応してくれたのも城崎さんだった。長く経理部にいるということで、物の置き場から細かな処理から何から、必要なことは城崎さんに聞けば何でもわかる、と部長のお墨付きで、世話係に任命されたらしい。 実際城崎さんの説明はわかりやすく的確で、1日目にして知りたいことはひととおりわかった。 とはいえどうしても説明や案内の時間が足りない部分ももちろんあったので、その部分のに関しては、毎日少しずつ説明してもらうことになった。 1週間くらいかけて、ようやくそれもほとんど終わり、最後に倉庫を案内すると言われ、2人、廊下を歩いている時のこと。 「緑川さん、これからよろしくお願いしますね」 あらためて、という感じで、城崎さんが話しかけてきた。 「いやほんと、お世話になります。まだぜんぜん何もわからないんで、迷惑いっぱいかけると思いますけど」 実際、今までやってきた仕事と違いすぎるし、経理なんてまったく向いていないし、そもそもなんでここに異動することになったのか、人事部の考えは本気でわからないし、内心はザワザワしたままだった。正直、もう決まってしまったのだから仕方ないという、もはやあきらめに似た気持ちがあったのも否定できない。 そんなオレに城崎さんは、こう言った。 「緑川さんが来てくれてよかったなって、すごい思ってるんですよ。仕事なんてだんだん覚えていくものだけど、緑川さんの良さは、一朝一夕で身につくものじゃないですから」
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