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「ポ、っ……〝Dear、奇跡信者〟……」
「っな……」
「見つけた、やっと……っ」
破れてしまった手紙の差出人。
誰にも読まれるはずがなかった手紙。
それをどうしてアイツが泣きながら口にするのか。どうしてそんなに、痛ましそうに俺を見つめるのか。
「謝りたいことが、たくさんある」
〝俺は意気地なしで間違ってばかりだ。〟
〝人目ばかり気にして、絵の一枚すら心で描けない不器用な男。〟
〝あの日お前が好きだと叫んだ時、俺は俺を好きなお前が周りに変だと言われるのが嫌で、咄嗟に酷いことを言ってしまった。〟
〝本当は、とてもとても嬉しかったんだ。〟
〝お前が門の前でぶつかってきた時、名前を呼ばれて嬉しかった。
覚えていてくれて、嬉しかったよ。〟
〝だけど、お前がいると、俺は惹かれてしまってたまらないから。〟
〝嫌われようとしたのに、お前はいつも一生懸命に話しかけてくれて、泣きそうになって逃げてしまった。〟
〝階段ですれ違ったのに声をかけてこなかった時、お前は俺に好きだと言った時のように、前を睨みつけて歩いていた。〟
〝怒っているように見えるその顔は、お前が泣きそうなのを我慢している時の顔だ。〟
〝その時、思った。〟
〝『あぁ、また間違えた』って。〟
「だから、保智……ポチ」
「た……環……タマ」
二人だけのあだ名だ。それを繰り返し呼ばれる。まるで昔に戻ったようだった。寄り添って笑っていた無垢なあの頃に。
始まりから定められていたのだろう。
生まれた時から隣同士だったのだ。何度も何度も、奇跡的な確率でお前はいつも俺の隣だった。
強がった俺がめいっぱい避けて、もう人生が交わることがないように、抗ったのに。
お前はまた、俺の隣にやって来た。
「俺はもう間違えたくない……次があったなら、間違えないと決めていた」
「っ、ひ、ぐ……っ」
「俺の気持ち、世の中に変だって言われるのは怖い。でもこの気持ちが変なら、俺はもう変でいいっ……! ずっとずっと、変でいいっ……!」
涙声で叫ぶように、ずっと抱えてきた本当の気持ちを吐露するアイツに、キツくぶつかるように抱きしめられる。
俺は言葉を返すことができず、ただ必死に嗚咽を漏らしながら抱き返した。
「ポチ、あの日の手紙……〝俺はお前のことが〟のあと……空白の言葉は、俺と同じだと思っていいのか……?」
ドロドロの膿が抱きしめた熱でどんどんこぼれ落ちて、俺の胸の傷がシュワシュワと綺麗になっていく。
だって、書けなかった。
俺の好きは、もう全部はじめに心が別れたあの夜に、二度と言えないようにあるだけ全部吐き出したから。
あとに生まれた好きですら、穴の開いた胸から俺の足跡にポロポロ落ちて、ここにはもうなにもない。
好きなんてもう、ない。
スカスカのこの胸には、ないのだ。
ないはずなのだ。
「──俺はお前が一番好きだ……ッ! 大好きだ、ずっとずっと、大好きだッ!」
なのに──その言葉一つで。
俺の胸に突き刺さっていたぶっとい棒が、スポンッ! と抜けてどこかに飛んでいった。
空いていた大穴が、瞬く間にシュルシュルと塞がっていく。元通りになった心臓は確かな鼓動をトクン、トクン、と刻み、その速度を増していく。
「大人になったら結婚する約束……いいや、忘れていてもいい。もう俺なんて好きじゃないなら、一生かけて努力する。憎らしいなら好きに甚振っても構わない」
「……だから俺と、結婚してください」
奇跡を超えたこれを、なんと言うのか。
名前のわからないこの光景に、俺は泣きながら頷いた。
そしてそれを見たアイツは、泣きながら笑ったのだ。
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