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第三話 さいあくの出会い。
中学時代。
アイツは親が転勤することになったとかで、いきなり引っ越してしまった。
あの日から物言いたげなアイツを無視し徹底的に距離を取っていたせいで、卒業式でも一言も話していない。
俺は、引っ越しのことを知らなかった。
母が残念そうに教えてくれたことでようやく事情を知り、突き刺さったままのぶっとい棒がギシギシと胸の傷を広げた気がする。
けれど胸中の医者は「手の施しようがありません」と肩を竦めて笑った。
中学に上がった俺は、隣に誰も寄せつけず、一人で三年間を過ごした。
まぁ順調に成長期を迎え続けた三白眼は暗殺者だなんて噂がたつほどの凶器と育っていたので、頼まれなくとも人っ子一人近づかなかったのだが。
おかげで俺はひたすら本を読み、文字の世界へ逃げ込むことに成功していた。
そして──高校時代。
その日。俺は遅刻の境界線を乗り越えるため、必死に寮から学校への全力ダッシュをキメていた。
寮は学校から徒歩十分の近場にあったが、俺の寝坊はそれじゃあ救えないほど安らかなものだったのだ。
そうして勢いつけて走っていると、学校の門の影に人がいることに気づく。
しかし、気づくのが遅かった。
ドンッ、と避けきれずにぶつかってしまった俺は、あえなく尻餅をついた。
顔は怖いが文系の読書小僧なので、実際ひょろ長いだけである。
貧弱だとは言わないでほしい。男のプライドに差し障る。
「大丈夫か? っ……!」
「っと、ぜ、全然問題なし。俺が悪い。避けきれなかった」
心配そうな相手の声に返事を返して、俺はよいしょと立ち上がり尻を叩く。大事なもち尻に傷はない。
だが立ち上がった俺は、目の前の相手に──ヒュッ、と息を呑んだ。
俺の記憶にあるよりもずっと成長している。しかし相変わらず綺麗な男。スタイルがいいからか、俺と同じながら真新しい制服が別物みたいに似合っていた。
垢抜けた彼の焦げ茶の髪が風に揺れて、前髪の分け目から丸く驚いた目が見える。
「タマ……?」
それは確かに、俺の〝一番好き〟こと、隣のアイツだった。
アイツは俺の声にハッとして、それから黙ったまま滑るように目をそらした。口下手のアイツは基本的に人と話をするのが苦手で、言葉に詰まるとすぐに目をそらす。
あぁ……懐かしい癖だ。
俺の一番好きな人。
その頃の俺はもうこの気持ちを伝えないと折り合いをつけて、墓場まで持っていく覚悟をしていた。
だからあの日の出来事を謝れなかったことがずっと気がかりだっただけで、やましい気持ちはない。と思う。
──なぁ、俺を覚えているか?
──お前はちっとも好きじゃなかっただろうが、俺はお前とまた出会えて嬉しい。
嬉しくて嬉しくて泣きそうな俺は、好きだなんて言う気はなく、ただそう声をかけようとしただけなのに。
「っ……最悪だ。お前がいるなら、こんなとこ、来なきゃよかった」
アイツが苦々しくそう言って舌打ちをしたから、俺はなんにも言えなくなって。
結局、遅刻した。
遅刻した俺が昼過ぎに教室へ行くと、アイツの席はまさか俺の隣の席で、女子に囲まれ質問攻めにあっている恋しい姿があった。
俺は仮病を駆使して帰還した。
当時のダッシュは今朝のダッシュを超え、最高速度を更新していただろう。
しかし帰ったところで隣の寮部屋にはアイツのネームプレートがかかっていた。
あぁ確かに寮母さんが誰か増えると言っていた。なぜここなんだ。
同じクラスで隣の席。
寮の部屋も隣同士。
俺の隣は当たり前みたいに、あっという間にアイツで埋まってしまった。
俺はベッドで丸くなって、避けるには辛い状況をこの先どうするかたくさんたくさん考えた。
浴場や食堂では高確率で会うだろうし、登校したら必ず会う。
俺は学校でも寮でも基本的に一人で本を読んでいるだけだが、アイツが隣でおちおちそうもしてられない。
うんうんと悩み抜いた俺は、下心と逃避の結論を出した。
俺はアイツと、友達になる。
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