第一話 となりの出会い。

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第一話 となりの出会い。

 となりに愛された俺たちの最初の出会いは、生まれ落ちた病院で、だった。  俺とアイツは同じ日に生まれた男児で、隣同士の保育器に入れられたことがきっかけだ。なにも知らない無垢な頃から、二人一緒にあうあうと鳴いていた。  とくれば、出産日が同じで更に病院のベッドが隣同士だった母親たちが仲良くなることは、当然の帰結だっただろう。  そして子どもができるからと買った引越し先がアイツの家の隣だったのだから、もうどこまでも俺たちはお隣さんであった。  幼少の頃から二人一緒くたに育てられ、当たり前に手を取り合い同じ幼稚園に入った。  幼稚園のお絵かきのテーマが家族であれば俺たちは互いの家族も含めて描き、おかしな子たちだと首を傾げられたものだ。  それがおかしなことだと知らぬままに、俺たちは家でも幼稚園でもいつも一緒に過ごし、笑いあっていた。  そんなある日のこと。  俺たちは〝好きな人〟というテーマで、示し合わせたわけでもなく互いの絵を描いた。  俺は心底アイツが一番好きだったのだから、子どもながらに丁寧に気持ちを込めて描いたのだ。  言葉の意味や世間とやらも多少は理解できるようになった年頃のことである。  もちろん大親友、という名前ではない。  一番好きな人。ずっと一緒にいたい人として描いたと、幼い俺は鼻高々にのたまった。  のたまわれた先生は、まぁ子どもだからと困ったように笑う。  家族や好きな異性を描いている他の子たちは、なんだか変だと無垢に言った。  俺はそれでもよかったのだ。  俺の気持ちはちっとも変ではない自信しかなく譲る気はなかった。  だが……アイツは違った。  大きな瞳にうるりと大粒の露を溜めて、絵を握りしめたまま、アイツはポテポテと走り去ってしまった。  トイレの個室に引きこもり、先生が謝りながら呼んでもおやつの時間になっても音沙汰なく、しくしくとそれはそれは悲しそうに返事もしないで泣いていた。  俺は我慢ならなくて、アイツの好きなおやつをアイツと自分のぶんを抱え、一人で辛気臭いトイレに襲撃をかけた。  だって、とても寂しかったのだ。  たくさんの園児たちや先生とおやつを食べようとしても、自分の隣が空いていることがたまらなく寂しかったのだ。  ガラリと引き戸を開けて、トイレの扉をコンコンとノックした。 「たま、たま、なんで泣く? おやつたべよ、おれといっしょ」 「ひっぐ……い、いっしょだめ……!」 「な、なんでっ」  涙声でゴロゴロしたアイツの否定の言葉に、俺は驚いてガタガタと扉を揺する。  おやつはタイルに落ちてしまった。包装紙がなければ手遅れだったろう。  アイツはショックを受ける俺の声を聞いて扉の前に張りついたのか、直後に向こうからガンッと痛そうな音がした。  扉をサンドイッチの具にした俺たちの、幼児なりのサミットだ。 「いっしょだめ()わないでっ」 「だって、だってへっ変って()われる……っ、おれがぽちのこと好きなの、変って()われるっ」 「変ちがう! おれもたまのこと好き、おれは変って思わない! パパとママも、たまのパパとママも思わない!」 「おっ思わない……?」 「思わない。おれがほ、ほしょー? する。たまは、だーいーじょーおーぶー」  保証だなんて、大して意味を理解していないくせに、知ったばかりの語彙を駆使して語りかけた。  両手で丸く作った筒を扉にくっつけ、メガホンのようにして気持ちを伝える。  仕方がない。俺はアイツが大好きでアイツが俺を大好きならば、どうして扉の向こうにいるのか、と腹が立ってしょうがなかった。  ややあって、アイツは鍵を開けてそーっと顔を覗かせた。  泣きすぎて目元が腫れ、真っ赤なアイツの額は小さなたんこぶができていた。やはり扉にタックルしたのだ。  俺はアイツの手からくしゃくしゃになっている俺の似顔絵をひったくって、自分の持っていたアイツの似顔絵を勝手に握らせる。 「おれの好き、持ってて。たまの好き、おれが持っとく。そんで大人になったら、ぜったいけっこんしよう!」 「けっこん?」 「うん。パパとママは、ずっといっしょにいたいからけっこんしたんだって。そしたらだれも、変だって()えないんだよ?」 「あ……」 「おれのとなり、ずっとたまがいい」 「! おっおれも! おれのとなり、ずっとぽちがいい! けっこんするっ!」  そうして俺たちは、トイレで将来を誓い合うというミラクル園児になってしまった。  落としたおやつは、もちろんトイレで並んで食べたのだ。
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