風邪ひき発熱、辛くて最悪

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「え?橘さんに会ったの?」 母の言い方からすると、父と橘さんは太輔君が来る前に出たような感じだったと思うのだけれど。 もしかして瑞樹君が太輔君に、橘さんが来ている事を話したのだろうか?いくら面白い事が好きな瑞樹君でも私が熱を出している時にまでそんな悪戯はしないはず…… 「ああ。この部屋にね、いつもはしない男性用の整髪料の香りがしたから。この香り、この前会った男性が使っている物だよね?」 部屋をくるりと指さして、最後に自分の鼻に指を向ける太輔君。私はもう橘さんの整髪料の香に慣れてしまって気付かなかった。でもそんなの微かにしか匂わないだろうに気付くなんて。 「太輔君ってそんなに鼻が良かったっけ?」 「ああ、僕は結構匂いに敏感だからね。別に臭いって意味ではないから気にしないで。今日来たのはお見舞いと、その話をしたかったからだけれど……でも、祥子ちゃんの中ではもう答えは出ているみたいだよね?」 静かに感情の読めない瞳で私を見つめる太輔君。眼鏡の奥の瞳が私にきちんと答えを出しなさいと言っているようで、私はもう一度ベッドから出て太輔君の前にしっかりと立つ。 「……ベッドに座ったままでも良かったのに。そういう律儀な所が祥子ちゃんだよね?」 太輔君はもう答えを知っている。だけどきちんと形として欲しいのだろう。言葉に出来ない私を「しょうがないなあ」という顔で見つめてる。 ちゃんと、言わなきゃ!私も太輔君も前に進めない。 「太輔君、ごめんなさい!私……あの時の男性が、「橘さん」が好きです。太輔君とお付き合いできません。」 私は自分の気持ちを素直に話して頭を下げた。長く、そう長く想ってくれた太輔君の気持ちに私は答える事が出来なかった。
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