風邪ひき発熱、辛くて最悪

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下げたままの頭に優しい手が降りてくる。私の好きな大きな手とは違うけれど、優しく温かい手。 「そんなことしないで?僕はそんなこと望んでいないから。頭を上げてくれる?」 優しく撫でられて泣きたい気持ちになるけれどグッと堪える。私は泣いていい立場じゃない。 「どうして祥子ちゃんは橘さんを好きになったの?せっかくだから教えてよ?」 断られた辛さなど少しも感じさせない様子で、太輔君は微笑みながら聞いてくる。普通はそういう事は知りたくないんじゃないかなって思うけれど、太輔君は少し変わっているところがある。 「好きって自覚したのは本当にちょっと前なの。橘さんはまだお互い喧嘩しかしてない頃から、「私じゃなきゃダメだ」っていう言葉をくれたの。それは恋愛感情ではなかったけれど、橘さんに特別な存在として必要とされたのがとても嬉しかった。きっかけはそれだけだけど、その後は不思議なくらいどんどん惹かれていったの。」 本人には照れくさくて言えない様な事でも太輔君には話す事が出来る。太輔君は私の話を真剣に聞きながら「うん、うん」と頷いていた。 「祥子ちゃんの気持ちは少しだけ理解できるような気がする。会社に僕を頼って欲しいなと思っている先輩がいるのだけれど、その人は全然僕の事を頼ってくれなくてね。今は勝手に余計な事をしているだけ。」 眼鏡のブリッジを中指で押さえて、一言をよく考えながらしゃべっている様子の太輔君。マイペースでおっとりしている彼から頼られたいなんて言葉を聞くのは初めてな気がする。 「それって、もしかして……?」 「……分からない。祥子ちゃんへの気持ちとは何か違うような気がするし。でも、あの人に頼られたら僕の中の何かが変わるような気もする。」 真剣な彼の表情。もしかしたら彼の中に新しい感情が生まれ始めているのかもしれない。太輔君はそれだけを話すと「またね?」とだけ言って静かに部屋から出て行った。
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