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謎の男現る
カランコロカラン
「まだ、開いてるかい。」
「はい、どうぞ。」
ママは誰にでも愛想が良い。
男は、ラフでカジュアルな服装で、黒眼鏡のイケメン。いかにも東京から来ましたとあか抜けているが、全身から発するオーラが何か違う。そう、危険な匂いがする。それより、カウンターの一席からママに向ける瞳に怒りと憎しみのようなものを感じた。
「いらっしゃいませ。ご注文は、何になされますか。」
私は、とっておきの営業スマイルで接した。
普通の男どもは、これでイチコロ。私のトリコになるが、この男は違った。
「この店で一番美味しい物を出してくれるかい。金はいくらでも払うぜ。」
言葉使いも態度も悪い上に、俺は舌が肥えている、こんな田舎でたいしたものやってねえんだろうと、上から目線。私とママが知恵を絞って作ったメニューを見ようともしない。
これには、私のママもカチンときた。
「承知しました。」
私のママを甘く見てはいけない。綺麗な薔薇には棘があるとはよく言ったもので、妻子がありながらママに愛人になれと言い寄った町の有力者の尻を蹴飛ばし、出禁にしたこともある。
私は、女手一つで私を育ててくれたそんなママが大好きだ。
ママは、いつにも増して厨房で調理に励む。舐められてたまるかって、女の意地全開だ。
私も、何ができるか楽しみでたまらなかった。肉系なら松阪牛のサーロインステーキ、御浜町の石清水豚、熊野地鶏だな。魚介系なら、熊野鯛、アワビ、伊勢海老、フグの干物もあるぞ。考えただけでも、ワクワクドキドキする。
「できたわよ。」
ママの自信作を見た私は、眼が点になった。
それは、白いご飯に漬物とお味噌汁だけ。何、これ。全然地味で、インスタ映えしないし、高そうじゃないやん。
私の心の声が聞こえたのか、ママはニヤリと笑う。こうなったら、大人しく従うしかない。
「お待たせしました。」
私は、カウンターに陣取る男に恐るおそる料理を運んだ。
「ふざけるな。」とメッチャ怒られることを予想して警戒していたのに、その若い男は暫くジーッと見つめていた。時代劇に出てくる剣豪のように真剣な表情だ。
そして、一瞬の隙を付くように、喰らい付いた。見ていて気持ちいいくらいの喰いっぷり。こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど、今までこんなにワイルドでセクシーに喰う男は初めて。つい、見とれてしまう。ママも満足そうだった。
「ごちそうさん。養肝漬とアオサの味噌汁、すごく美味しかったぜ。」
その男は、丁寧に合掌し、ママに頭を下げた。意外と良い奴かもしれない。あれだけ、激しく喰らい付いたのに、箸の先は少ししか汚れていないし、姿勢も美しい。こいつ、絶対に只者じゃないぞ。
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