一万円の料理

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一万円の料理

 養肝漬は、ママの故郷の伊賀盆地特産の白瓜の芯を抜き、その中に紫蘇・生姜・大根・きゅうりなどを細かく刻んで詰め、たまり醤油にて昔味で二年、新味で一年の間自然熟成させた漬物である。藩主藤堂高虎が陣中に食料として常備し、武士の志気を養う、肝っ玉を養う漬物」という意味で養肝漬と名づけられたという。    また忍者の携帯食であったとの言い伝えもある逸品。手間隙かけられた漬物は、今では伊賀だけでなく三重県の土産としても人気が高い。  アオサは、伊勢志摩の海が育んだもの。香り豊かで、栄養価が高く、バランスも良い。味噌汁が出来上がる寸前にさっと水戻ししたアオサを入れ、ひと煮立ちしたら出来上がり。煮すぎると、色や香りが悪くなるので要注意。 「喜んでもらえて嬉しいけど、お客さん、若いのによく知っていますね。うちのお店の裏メニューにもない、とっておきなんだけど、前にも来たことありますか。」  ママが興味津々の真顔で尋ねる。 「いいや、今日が初めてだ。俺はね。」  何か意味深な答えだ。  「ふう~ん、そうなの。」  遠い昔、過去の記憶を思い起こしていたママは、ハッとなった。 「お客さん、もしかして・・・」 「今日は、これで帰るわ。明日も来るから。ほんじゃ、また。」  その男は、カウンターの上に一万円札をポンと置いて出て行った。気負うこともなく、堂々とした仕草に、私は唖然となった。  これって新手のナンパ、それともこの料理、私が知らないほど高価な物なの。何なのよ。 「もらっておきなさい。」  フリーズした私にママは声をかけ、店じまいをテキパキと始めた。  しかし、いつも見慣れているはずのママが別人に見えた。お店のママでもなく、母親でもなく、一人の女のように見えたのは、気のせいじゃないよね。   きっと、あの若い男のせいに違いない。  もしかして、ママとワケありか。歳の差恋愛。昔、ママがあの男の操を弄んだとか・・・。     私は次々と浮かぶ妄想の真実をママに問いたかったが、とても冗談でも聞けないようなオーラをママは出していた。  
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