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私の名前と誕生日
「百恵、誕生日おめでとう。」
「え~、何で知ってるんですか。」
私は、叫ばずにはいられなかった。嬉しくて、嬉しくてたまらない。
そう、今日は私の誕生日。
でも、誰も覚えてくれていない。覚えていたとしても、誰も祝ってくれない。実の母親さえもそうだ。
それだけじゃない。私は父親の顔を知らない。写真も、一枚もない。生きているのか、死んでいるのさえ知らない。どこで、何をしている人なのか、ママとどうやって知り合ったのかさえも教えてもらっていない。
私の名前だって、そうだ。ママは自分の百合の名前から一文字とったって言うけど、断じてお洒落なママのセンスではないと私は読んでいる。
名付け親は、絶対に、昭和の歌姫にして名女優、山口百恵の大ファンだったに違いない。
私、百恵って名前、あまり好きじゃないんだ。昭和生まれの連中には好かれるよ。初対面の人にも、すぐ親しまれる。
でもね、私は平成生まれだぞ。せめて、桃絵にしろよなって、そいつに文句を言いたくなる。
とにかくだ。私は、毎年、誕生日に、生まれてきて良かったのかと真剣に悩み、出生の秘密と疑惑に心がズタズタに引き裂かれる。
私は、八月十七日を憎んでいると言っても、言いすぎじゃない。
そんな私の誕生日を覚えてくれていた人がいた。こんな素敵なプレゼントをくれた。こんなに嬉しい誕生日は、人生で初めてだ。
ウルウルしながら、早速、首につけてしまったではないか。
いや、いや、待てよ。こいつ、私の名前も知っていたよな。良く見ると、このネックレス、私の誕生月の花、このお店の名前にもなっているグロリオサをイメージしているぞ。随分調べて、用意周到だ。
こいつの正体と目的がわかるまでは、気を許してはいけないぞ。田舎娘と思って、甘く見るなよ。
そう自分に言い聞かせるも、ネックレスを指でいじりながら、つい顔がにやけてしまう。
だって、私、乙女だもん。
「あのう、お名前を聞いてもいいかしら。」
私は、顔を引き締めて頑張った。
「名乗るほどの者じゃねえからよ。知りたければ、ママさんに聞きな。そんじゃ、あばよ。」
「待って下さい。」
私は、そのまま帰ろうとする男の腕に縋り付いた。こいつほど、言動が黒眼鏡に全然合ってない奴はいないな。
「離しな。」
「いいえ、教えてくれるまで、絶対に離しません。」
「しつこいな。おまえは、スッポンか。」
この野郎、頭に来たぞ。実は、看板娘だけでなく、熊野で一番の美少女と誉れ高い私に向かって、スッポンとはふざけるなよ。
でも、何だか楽しい。もみあっているところに、誰かがやってきた。
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