親分さん、現る

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親分さん、現る

 カランコロガラン 「おい、おまえさん。何をやっている。その娘から離れろ。」  ドスの効いた迫力のある声。うちのお店の長年の常連客の一人、橋村太郎さんだ。熊野でも有名な博徒、香具師の元締めだ。ゴリラの体に土佐犬の顔をくっ付けたような風貌で、そこら辺の粋がるヤンキーや不良でも、親分さんの前では借りてきた猫となっちゃうんだよね。  しかし、この男は違った。 「外野はひっこんでろ。この女の方が離さないんだ。」 「この野郎。このワシに向かって、その口のきき方は何だ。表に出ろ。叩きのめしてやる。」  実際、そろそろ引退してほしいと実の息子さんは言っているみたいだけど、まだまだ現役バリバリの親分さんを怒らすと危険である。  私は、素早く離れて、男に忠告した。 「ちょっと、お客さん。ヤバイよ。この人を知らないんでしょ。あやまるなら、今のうちよ。」 「知ってるよ。ハム太郎だろう。」  そう言って、一瞬だけ、黒眼鏡を外した。  その時の親分さんの驚いた顔ったら、空前絶後って言うのかな。 「若・・。若ですか。覚えてくれていたんですね。立派になられて、さぞや・・」 「おっと、そこまでだ。元気そうで何よりだ。」  その男の両手を握り、男泣きする橋村の親分さんを優しくハグする。  一体、この男は何者だ。 「あのう、若って・・」  私は聞かずにはいられなかった。全身が好奇心の塊と化す。 「俺の名前、若林。そう、若林龍之介。親父が読書家で芥川龍之介の大ファンだから、息子の俺をそう名付けた。そうですよね、橋村の親分さん。」 「そ、そう、そうだったよな。龍之介君。」  怪しい。どこかの売れない漫才コンビみたいに不自然なせりふ回しだ。 「用事を思い出した。また、来る。」 「俺も。」  疑惑の眼を向ける私の眼を恐れて、二人は店をとっとこ逃げ出した。  カランコロカラカラ~  何か本当の親子みたいに息がピッタリで、仲が良い。何だか、羨ましいな。
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