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ノアと俺。
「エミリアの事『うるせー女』って言うんじゃねぇよ!!このクソ皇子が!!」
足を思いっきり踏んで悶絶しているギルバートを見て、ご機嫌な俺は両手を腰にあててフンッと見下して笑うと、近くで見ていた銀髪は額に手をあてて。
ハァ……と深い溜め息をついていた。
「……ギルバート殿下…家の者が大変失礼しました…殿下、このバカな姉にどうか、ご慈悲を……エミリア!!謝るんだ!!」
「な、なんで俺が謝るんだよ!?勝手にコイツが胸触ったり、キスしてきやがったんだぞ!!」
「ハァ……ギルバート殿下は将来、この国を背負う国王になられるお方。そのお方に危害を加えるなんて……」
「はぁ!?そんなの俺が知るか!!謝るなんて絶対にイヤだっ!!アイツが先に手を出したんだぞ?俺は自分の身を自分で守っただけだし!!」
「……だからといってギルバート殿下を傷つけていいわけないだろ、そこは…「…ンだよ…ギルバート、ギルバートって!!ウルセーんだよ!!お前は俺がアイツにヤラレてもいいのかよ!?」
言い返す中で、銀髪がギルバートを庇う姿になぜかまた胸が痛くなって。
ヒステリックな叫び声が裏返って涙が……勝手に溢れてこぼれ落ちていく。
………あれ、まただ。
なんで涙が出るんだろ……。
それに胸が苦しい。
苦しくて、痛い……。
銀髪を前にすると知らない感情が沸き上がって、俺が俺らしくない行動をする…。
理由なんて、分からない。
どうなってんだ…。
「……俺は…っ…絶対に……謝らないから…!!」
泣きながら銀髪を睨んで、しゃくり上げながら涙を堪えようとする。
泣くな…俺。カッコ悪すぎる……。
でも俺自身だって分からない。
なんで悲しいのか、なんて…。
……この世界で目覚めてから俺は何度、泣いたんだろう…。
納得出来ない事だらけのこの世界に、常識なんて通じる訳ないのに…。
どこか期待してて…。
でも、もう……ぐちゃぐちゃだな、俺。
本当に何やってんだろ……。
少し前までの強気で前向きな俺は消えて。
心が深い闇に沈んでいく……。
……何も上手くいかない。
何のためにここに転生したのか、分からない。
何がしたいかすら、分からない…。
帰りたいのに…帰れない。
「……帰りたい……元の世界に……」
俺は涙を拭うと、この場に居たくなくて。
ドアに向かって無我夢中で走り出した。
「オイッ、待て!!」
逃げ出す俺を制止しようとするギルバートの声が聞こえたが。
声を振り切って逃げ出す俺を銀髪の腕が逃げる俺の身体を掴まえて。
力いっぱい、引き寄せられる。
「っ!!」
病み上がりの体は銀髪の力には敵わず。
銀髪の胸に飛び込むようになだれると、力が抜けて体が崩れ落ちていく。
………もう、どうにでもなれ……。
目覚めた時からずっと気を張っていたせいか、緊張の糸が途切れると急にフッと意識が遠くなり……俺は薄れていく意識の中で銀髪の服をギュッと握りしめたまま。
そのまま、瞳を閉じた。
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──────………
「お見苦しい姿を晒してしまい、殿下…申し訳ございません…」
そう言って、気を失ったエミリアを抱き寄せながら敬意を払った。
「……オレは気にしてない。それよりも…コイツはエミリアなのか…?まるで言動が『男』のようだぞ…」
チラッと殿下がエミリアに視線を移すと、腕の中のエミリアの頬から一筋の涙がこぼれ落ちて……何故か胸が詰まる。
腕の中で眠るエミリアはいつもの顔と違って儚げに見えて…。
その姿を目の当たりにしてると…もどかしさに苛立つ。
エミリアの泣きすぎた目は赤く腫れ上がり、唇も噛み締めていたのか、赤く血が滲んでいた。
……こんなに感情的で表情豊かなエミリアを見たのは久し振りで。まるで10年前に戻った錯覚に苛まれる。
何も知らなかった、あの頃の……。
そう頭に過ったが、すぐに打ち消す。
「私にもエミリアではなく、別の誰かに見えました…。生死の淵にいた事によって記憶が混乱してるのだと思われます故、しばらく療養させ、式には間に合わせられるよう「……いや、式はオレから父に延期するよう、伝えておく…それに……」
そう言った殿下は抱き抱えていたエミリアに近付くと、オレの服を掴むエミリアの手をほどいてエミリアの体を持ち上げてベッドへと移動する。
「殿下!それはオレが…!」
「……いい。オレが運ぶ」
そう言って威嚇を放つ瞳で制止され、オレはただ黙ってうつ向くしかない。
そして──。
その姿を瞳に写さないよう、オレは静かに目を伏せた。
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