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迷いと戸惑い。─ノア視点─
「ノア…下がれ。オレはエミリアに用がある…」
さっきから鋭い視線でオレを射抜く殿下の気迫で負けないように。
表情を表に出さないよう、ポーカーフェイスを保つ。
……今までエミリアに関心がないのか、見向きもしなかった殿下の急な気持ちの変わりように。何故かオレの心がざわつき始める。
眠るエミリアに寄り添うなんて。
今までの殿下ならしなかったハズだ…。
傍若無人に振る舞うエミリアを見て、嫌悪感を抱いていた…それが…。
「ノア…何をしている?オレは下がるように伝えたハズだが…?」
苛立つのか、口調の語尾に怒りを含ませて返事をする殿下の威圧に負けないよう、オレは心を無にして…対応する。
「……すみません、殿下。私は任務のために殿下の側を離れるワケにはいかないのです。それにエミリアは、姉は…まだあなたの婚約者候補の一人に過ぎないので……。従って未婚の女性の部屋に二人っきりにさせるワケにはいかないので、マリアを部屋に寄越しましょう…それならば、問題はないかと。」
「フン……本当にそれだけか……?」
「はい……それだけです………」
ピリピリとした張り詰めた雰囲気の中。
部屋から出るのを躊躇うが、マリアを呼びにいかなくてはならない。
後ろ髪を引かれる思いで部屋から退室するオレは、小さく吐息を漏らす。
───二人っきりにさせてはいけない。
心の底で警鐘が鳴っている。殿下をエミリアに近付けさせてはならないと。
何故そう思うのか……。
オレ自身も分からない。
……曖昧な感情に囚われてしまうと判断が鈍って、それが命取りになる。
…そんな事があってはいけない。
オレは殿下を守る騎士なのだから……。
胸のモヤモヤは晴れないまま。
オレは殿下に軽く会釈して、エミリアの部屋から出た。
廊下に出ると、急いでマリアの元へと向かう。
きっと父上がいる広間にいるだろう…。
……あのメイド、明らかに父上を好いてるのがバレバレだからな…。
ハァ……とため息が続く。
あのまま目覚めなければ……どうなっていたんだろうか…。
死の淵にいたエミリアにオレは何もしなかった。
……いや、何も出来なかった。
剣を学ぶため、10歳で家を出たオレはその後のエミリアの事を知らない。
時折、風の噂で貴族の男達から、婚姻の申し込みが殺到している事。
そして、殿下の婚約者候補に選ばれた事。
家に戻った時には7年もの月日が経ち、顔を合わせてもお互いに近寄らなかった。
知らない女になっていたエミリアにどう接していいのか、分からず…。
避け続けたせいもあり、名前を呼ばれた時には驚きしかなかった。
…なんで今頃になって名前を呼ぶんだよ…。
いつもは呼ばないのに…。
疑問に思うと同時に。
先程の笑みを思い出して…心が揺れる。
それは何故なのか…。
そのモヤモヤの意味を知るのは、まだ少し先の事。
その時にエミリアの死と。
……エミリアの想いを知り……オレは激しい後悔に苛まれる事になろうとは。
この時のオレは露知らずにいた。
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