父と弟。

1/1
221人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ

父と弟。

拝啓、前世の俺 前世の俺よ、喜べ。 生きていた時にはリア充すら夢のまた夢だったが、現世では女の子と会話してるぞ。 前世では女の子と接点すら持てなかった、この俺が、だ。 ……現世は違うぞ。 俺は出会ってしまったんだ。 …それもかなりの美少女に!! こんな可愛い子が俺付きのメイドとは…。 俺、異世界で幸せになりますwww そう。ここまで(妄想)は良かった。 だが、実際は……。 「キャア!!」とマリアが叫んだ後。 俺はベッドから転がり落ちた。 それを見て固まる一同。 シーーーンと静まり返り……そして誰も俺に声をかけては来ないという……。 ……ツッコミもなく。 カエルがひっくり返ったかのように床で倒れている俺……超(むな)しい…。 チラッと見上げると、ハッとした顔をしてマリアが慌てて近寄ってくる。 「エ、エミリアお嬢様!!大丈夫ですか!?」 マリア……。 今…マヌケな姿の俺を見て気を遣ったよな…。 俺、カッコ悪りぃ…。 せめて笑って欲しかったぞ…。 沈黙が地味に痛かったし…。 マリアが俺の体を支えてそっと起こそうとすると横から手が伸びて俺の体が宙を舞う。 「うわっ」 軽々と俺を持ち上げた銀髪男の行動に思わず息を飲んだ。 背丈は前世の俺と変わらないのに。 細身と思った肢体は服の上からは見えないが、しっかりと鍛え上げられていて。 (やわ)そうなイメージと違っていて驚いた。 顔もイケメンな上に力もあって紳士とか…。 マジでへこむな…。 『男』としての力量の違いに軽くショックを受ける。 更に銀髪男に姫抱きされて余計にへこむ…。 落ち着かず、いたたまれなさから視線を外す俺に銀髪男は(けん)を含んだ声で俺を(とが)めた。 「…姉上。アンタはいつも問題ばかり起こす…このまま、目覚めない方が良かったのに……」 凛とした声で冷ややかに語る姿に。 俺は言葉を失った。 『目覚めなければ良かった』って言葉が胸を締めつける。 その痛みに俺は驚いた。 エミリア…の痛み、なのだろうか…。 俺とは違う感情が胸の奥で(くすぶ)っていて。それは…重い。 銀髪男は俺をベッドへと下ろすと緑髪のオッサンに一声かけてそのまま部屋から出ていってしまった。 その後ろ姿を呆然としながら見つめた。 ……あいつ、エミリアの『弟』なのか? 弟なのにエミリアをあからさまに嫌ってた。 エミリア…お前、弟に何したんだ…? 家族仲がいい俺からすると、弟に嫌われるなんて…。 よっぽどの事をしたんだろうと察しがつく。 考え込んでいると俯く俺に気付いて、今度はオッサンが俺に話しかけてくる。 少し(かが)んで俺の頬に触れると苦悶の表情を浮かべた。 「エミリア…今はゆっくり静養するのだぞ…?お前が倒れて伏せる姿は私は……もう見たくないのだよ…。お前は私とエミールの大切な子だからな……」 オッサンの顔に憂いに帯びていて、切なそうに俺を見つめた。 その姿に、自然と目から涙がこぼれた。 それは、俺が泣いたんじゃない。 ……エミリアの涙だ。 エミリア…お前、愛されてるな。 ごめんな、お前の体に入り込んで…。 だけど俺、お前の分もちゃんと生きるよ。 俺も親不孝してしまったから、お前の気持ちがわかる。 だから心配すんな、俺の中で安心して生きてろ。 そう思いながら胸に手をあてて伝えた。 すると心の奥が一瞬温かくなったような、そんな気がした。 オッサンは立ち上がると俺の頭をポンポンと優しく撫でて。それから白衣のじいちゃんの所へと移動した。 「エミリア…私はこの後、クリストフ医師と話がある。マリア、エミリアの事を任せたぞ」 「はいっ、旦那様!!」 マリアはペコッとお辞儀する。 オッサンはマリアに一瞥すると医師を連れて部屋を出ていった。 そのオッサンの後ろ姿をジィーと見つめ続けるマリア。 ………ま、まさか、マリア。 お前……。 「……マ、マリア…もしかしてオッサ……じゃない……おっ、お父様の事を……」 「え!?あっ……!!」 急に顔が真っ赤になって両手を頬を押さえた。 そんな姿がめっちゃ可愛いんですけど…。 それよりもマリア、お前…おじ専か……。 真っ赤な顔をしたマリアが「そんな、恐れ多い!!」と手をバタバタさせて否定するが、それがかえって本気なんだと分かる。 ……俺はどうやら早くも失恋したっぽい……。 さらば、俺の初恋!!(泣) 最速で失恋した俺はこの世界でも幸せになるのは前途多難そうらしい…。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!