魔王の城前道具屋 最強バイト ―あいつと俺の友情物語―

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 驚いたな、彼女は魔法使いの割に意外に逃げ足が早い。どうなっているんだあの女は。ハグレる―、――――カレールーじゃないぜ、ハグレる―だぜのスピードで逃げることが出来る俺に追いつかれないように走っているんだからな。やっぱり異人種は違うな、身体の構造みたいな物が違うんだよ、並の人間とはね。でも俺も人間離れしているってよく言われるから、それはお互い様か。  そっちは……、そうか。どうやら彼女は森の中に逃げ込むつもりだな。やっぱりそうだよな。ダークエルフは森の中で生活しているから、自分の得意な森の中で俺をまこうという魂胆らしいな。甘い、甘い、甘すぎる、その考えは。だってそうだろ。そんな簡単に万引き犯にまかれるようじゃ、道具屋のバイトなんか務まらないんだよ、特に魔王の城の前ではな。  ということで教えてやるか。教えるっていってもイヤラシイことではないぜ。俺はそんな男じゃない。これでも草食系男子と言われているんだからな、まあ好きな食べ物はと言われたら肉と答えるんだけれどもな。それはともかく、俺からは逃げられないっていうことを教えてやるぞ、教えてやらねばならぬのさ。  森の中の木の上をピョンピョン跳ねながらダークエルフの彼女が逃げる。  ふーん、さすがに森に馴れているんだな。あの動きは普通の人間にはなかなか出来ないぞ。しかし道場で育った俺は――俺の実家は道場なんだ、前にも言ったけれども――森の中で小さい頃から鍛錬を積んでいたから、いともたやすく彼女の後を追って木の上をピョンピョン跳ねて追いかける。  後ろを振り返りながら俺を見る彼女は驚いた表情を浮かべ、スピードを上げるが、俺もスピードを上げて追いかける。さらにスピードを彼女が上げるが、俺もスピードを上げる。  スピード勝負では俺に勝てないと悟った彼女は「もう、来ないで」と無理な願いをするが、それは出来ない相談だ。というか「もう、返して」と俺の方が言いたいんだが、あの女は盗んだものを返すつもりはあるのか?  盗んだ品物を返してもらうまでは諦めるつもりはないぜ、俺は。  彼女が口笛を吹いた。何をしているんだ? あれは、まずい、まずいぞ。木をなぎ倒す音が聞こえてくる。そして森の中からキンググリズリーが現れる。ここは魔王の城のすぐ近くだから最上位のグリズリーであるキンググリズリーがうろうろしているんだ。だから、この辺をピクニックするときには気をつけろよ。死んだマネ何かしても意味ないぜ。だってそうだろ、動物は相手を殺してから喰うんだからな。死んだ真似は意味ないぜ。  モンスターを呼ぶということは彼女はあれか? 勇者の仲間ではないのか? それともモンスター使いか? まあそんなことを考えている暇はない。キンググリズリーの右手の一撃が俺を襲おうとしているんだからな。  ブンッ!! 狙いを外したその一撃は近くにあった樹齢400年は超えるであろう大木をいとも簡単になぎ倒し、メキメキという音とともに木が倒れる。キンググリズリーの攻撃をたやすくかわした俺は――当然だろ、あんなのでやられていたらこんな所でバイトなんか出来ないさ――手に持っていたロングソードを使いキンググリズリーの眉間を斬りつける。その一撃を食らったキンググリズリーはドォゥンという音とともに倒れる。  殺してはいないぜ、みね打ちだからな。だってそうだろ、あいつには別に恨みなんかないんだからな。俺は無駄な殺しはしない主義なんだ。  あっ、今の驚いた? ただのバイトのくせになんでそんなに強いのって。まあ知らない奴は驚くよね、理由を教えてやろうか。奴は力は強いが動きが単調なんだ。だから攻撃をかわすのは意外に簡単なんだぜ。それに俺の親父――道場を経営している――に山や森の中に連れて行かれて色々なモンスターの狩りの仕方を教わったんだ。特に親父は熊を狩ることが得意だった。だから俺は小さい頃から熊の弱点を徹底的に教え込まれていたんだ。今の一撃がキンググリズリーの急所を的確に捉え、一撃で倒した理由がそれで分かっただろ。 「一撃!?」  彼女が驚く。当然だよな、俺の店から薬草を買おうとするような奴ならこの程度のことにも驚くんだろう。彼女のグループは恐らく冒険者のグループの中でも最弱のランクに位置するはずだ。なぜなら薬草で回復できるHPだなんてたかがしれている。そんなものを欲しがるような奴の実力なんてたかが知れているってそういう話だよ。そうでなければ薬草なんかを買おうとしないだろうからね。  そんなことよりも薬草だ。あれを返してもらわないことには店長に合わす顔がない。もし取り返せなければ俺の自腹になってしまうからな。まあ、その心配はいらない。あの万引き犯をもう少しで捕まえることが出来るからな。 「さあ、捕まえるぞ。覚悟しろよ」  俺の言葉に彼女は背を向け一目散に森の中を真っ直ぐ逃げる。無駄なのにな、もうあの女のスピードは分かった。そこそこ速いってレベルだな、俺の追いつけない相手ではない。ほらな、彼女が森の真ん中で立ち止まる。あきらめたんだな。まあ、女の子にしては良くやったよ。でも相手が悪かったな。  じゃあ終わりにしようか。  俺は彼女の後ろに追いついた。さあ、彼女がどうするのか見てみようじゃないか。万引き犯の言い訳なんてたかが知れているんだけれどもさ。一応相手の言い分も聞いておかないとね。 「仲間を連れてきたわよ」
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