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「おい、ケンジ。タケシとミノルがヤラれたぞ」
狼男の武闘家が怒りに震えながら俺に言う。
「ケンジ、次はどうすればいいの。作戦の指示をしてちょうだい」
ダークエルフの魔法使いが上目遣いで俺の方を見る。
お前は俺のアンパンを返せ。
何で俺に言うの? 俺がリーダーみたいになってるんですけれど? 俺たち初対面のはずなのに、何なんだこいつらは。
それにタケシとミノル? 誰それ? あの黒焦げになっているコボルドとオークのことを言っているのか? 何で黒焦げ? さっき俺に向かって飛んできた火の玉のとばっちりでやられてしまったのか。こいつら雑魚すぎるだろう、他人の巻き添えでヤラれるなんてさ。
一体こいつらのレベルいくつだ? レベルいくつでここに来ているんだコイツらは。とても強そうには見えないが、こんな所までよく来れたな。
「ハハハ、勇者ケンジ、お前の仲間を二人倒したぞ。もう諦めたらどうだ」
「ケンジはあんな雑魚二人がやられたくらいであきらめるようなやつじゃないぞ」
「そうよ、あんな雑魚二人いてもいなくても関係ないわ。私たちにはケンジがいるもの」
こいつら自分の仲間を雑魚ってひどいな、ならパーティー組むなよ。というか、さっきもいったけれども俺ケンジじゃなくてサトルなんですけど。何でこいつら俺のことをケンジだと思っているんだ? 他人のそら似? そもそもこいつらとは初対面なんですけれどって、それはさっき言ったか。
あーそうか、さっきは口じゃなくて心の中で俺がケンジじゃなくてサトルだと言ったから、こいつら分からなかったのか。俺内気だから心で思っていることを口に出して言うのが苦手なんだよね。
だったら、道具屋で接待業のバイトなんかするなって? あれは決まったセリフをいうだけだから性格は関係ないんだよ。まあそれはいい。名前を勘違いされたままじゃ気分が落ち着かないからな。口で教えてやるしかないな。よし教えるぞ、口で教えてやろうじゃないか。
「おい、お前ら……」
「分かった。突撃すればいいんだな」
「私はマイケルを援護するわ」
いや、俺はそんなことは言っていない。何で作戦を指示したみたいになってるんだ。あの狼男はマイケルっていうのか、一人だけ外国人みたいな名前だな。外国人か? いや、あいつはハーフか? たぶんハーフだな。なにせ人間と狼のハーフの狼男なんだからな。
「けんじ、ちょっとそこをどいてくれ」
俺の近くにあった岩をマイケルが持ち上げようとする。魔王にぶつけるつもりか? 以外に力があるんだな、あんな大きな岩を持ち上げるなんて。まあ、武闘家だから当然か。
「よし、いくぜ…………ぐわあぁぁ!!」
マイケルの身体を稲妻が貫く。稲妻によって胸に開いた穴は完全に貫通している。穴の向こうから魔王の姿が見える。
奴は怒ったような顔をしているぞ。どうやら岩をぶつけたくらいで倒せると思われたのが気に入らなかったらしいな。侮辱されたと思ったんだな。
マイケルの身体がふらふらよろめき、持ち上げた岩を魔王の方に投げようとした姿勢のまま前に倒れる。岩は魔王までは届かず、地面に落ちて2つに割れる。
何だ、岩をもちあげて下ろしただけだったな。あいつは何のために登場してきたんだ? 短い付き合いだったな。
そのマイケルをさらに電撃が襲う。今度は前よりも強力な奴だ。前のは手加減していたのか? マイケルの身体が真っ黒になり、辺りに焼け焦げたニオイが立ち込める。
魔王の奴、侮辱されたことをよっぽど怒っているんだな。もうすでにやられてしまったマイケルにあそこまでするなんてな。やっぱり魔王だ、怒らせると怖い。何で俺はそんな怖い魔王と戦っているんだ? ただの道具屋のバイトなのに。
「マイケルがヤラれてしまったわ。役立たずね」
「もう許さんぞ。お前ら二人には地獄の苦しみを与えてやる。特に勇者ケンジお前は許さん。八つ裂きにしてやる」
「あんな役立たずを倒したくらいでいい気にならないで。こっちには勇者ケンジがいるのよ。あの勇者ロドリゲスの息子のケンジよ」
何で俺が勇者になっているんだ? さっきまで商人とか言っていたのに。俺を八つ裂きにするって? 八つに裂かれたら死んでしまうだろ。せめて四つ裂きくらいで勘弁してくれよ。
ん、まてよ、今勇者ロドリゲスの息子とか言ったな。な……、なんであの女は俺の父さんの名前がロドリゲスだってこと知っているんだ。そうなんだ、俺の父さんの名前はロドリゲスっていうんだ。その父さんが勇者だって? 俺はそんな話は聞いたことないぞ。うちの親父はただの道場の先生じゃなかったのか?
そう言えば俺が赤ん坊の時、今の魔王の父親がこの世を支配していた時にロドリゲス父さんが旅をしに行っている間に魔王が倒されて世界が平和になったんだったよな。何だ、あの時魔王を倒しに行っていたのか。山に修業に行っていたのかと思ったよ。武闘家とかがよくやるあれだ。
「まっ、まさか!? 貴様が父さんの仇――勇者ロドリゲスの息子だったとは……。もう手加減はしないぞ」
今まで手加減していたのか? まあそうだろう。魔王みたいな奴は相手をバカにして手加減しているからその隙きにやられてしまうような奴が多いからな。
もう戦いは避けられそうにないな。だったらさっき油断している時に攻撃しておくんだったよ。卑怯? しょうがないだろ、こっちはただのバイトで向こうは魔王なんだから。そうでもなければ、こっちが不利すぎるだろ。ハンデっていうものだよ。あー、もう、正面から正々堂々と戦うしかないのか? 仕方がない、じゃあいくぜ。
「ケンジ、呪文をかけたわ。そのままつっこんで」
俺の身体の動きの速さが急に2倍になる。あの女黙っていきなり呪文なんかかけるなよ。おかげでバランスを崩した俺は、さっき狼男のマイケルが落として2つに割れた岩をさらに2つにロングソードで叩き割った。
何でおれ岩なんて攻撃しているんだよ。まるで俺がバカみたいに見えるだろ。ほら魔王の奴もこっちを見ている。うわっ、怒っているよ。俺が冗談でしていると思ったんだな。
バカにされたと思ったあいつは杖を振り上げて何か呪文を唱えているぞ。あっ、そう言えば狼男のやつもさっき同じような状況で――ま、まずいぞ、かわすんだ。
「バカにしやがって、いいかげんにしろ!!」
魔王の杖から稲妻がほとばしる。さっきまで俺がいた場所に稲妻が落ち地面に大きな穴を開ける。もし直撃していたらマイケルみたいに俺も黒焦げになるところだった。危ない、危ない。俺は稲妻が直撃する寸前に横に飛び退いてなんとか難をのがれていた。
ふー、あんまり魔王のあいつを怒らせない方がいいな。なんとかあいつの隙きをついて攻撃出来ないだろうか。俺は額の汗をふく。あれ、めずらしいな。俺が汗をかくなんて。俺ってあんまり汗をかかない体質なのに、おかしいな。
何か暑くなってきたぞ。気のせいか? いやそうじゃない。気温が上がったんだ。ほら、見ろよ。あんなに太陽が大きく光り輝いているじゃないか。これじゃあ暑くても仕方がないよ。あれ? あれは太陽か? 太陽ってあんなに大きかったけか? それに何か変だ。
………………な、何だ。あのデカイ火の玉は。火の玉? 火の玉というよりはやっぱりあれは太陽が地球に落ちてきているんじゃないか? えっ、魔王ってそんな力があったの? これ絶対勝てないだろ。というか、太陽が落ちてきたら、あいつも死んじゃうだろ、常識的に考えて。
「もう終わりだ。ケンジお前も道連れにしてやるからな」
「まずいわケンジ。あいつ追い込まれて奥の手を出してきたわ。どうすればいいの!?」
いやいや、お前は道連れにするほど追い込まれていないだろ。何やっているんだよ。せめて本当に追い込まれてから奥の手を出せよ。そんな奥の手があると分かっていたら、誰もあんたには逆らわないだろう。くそう、仕方がないな。たまには本気を出してやるか。実力を隠している時ではない。こっちも本気を出すんだ。
「おい、万引き犯のお前」
「ちょっと、人のことを万引き犯みたいに言うのはやめてくれる?」
この女は自分が万引き犯だという自覚が無いのか? いや記憶がないのか? ということはこの女記憶喪失か? そんなわけないだろ。この女とぼけているに決まっている、ふてぶてしい女だ。
それよりも今は地球の危機だから。そっちを何とかしないといけない。魔王を倒すための作戦を彼女に伝えないと……
「――分かったな」
「分かったわ、ケンジ」
「いや、俺は……」
「いくわよ、ケンジ!!」
くそう、人の話を最後まで聞かない女だな。それよりも魔王を何とかしないと。太陽がさっきよりも大きくなっている。その大きさは1.2倍くらいか、何だ、あまり大きくなっていないじゃないか。あれなら地球が滅ぶまで後1時間位? はあるか。いや、あと1時間で地球が滅ぶと考えるとむしろ早すぎるくらいのスピードだな、あの太陽は。
地球の崩壊まであと1時間――って、そんなナレーションをしている時じゃないんだよ。俺って地球が滅びそうなのに、遊びを忘れない平常心の男だな。
「ハハハっ、どうだ。恐怖で手も足も出せまい」
いや、手は出るよ。足もだけれどもね。こいつ今油断をしたな。今がチャンスだ、いくぞ俺。
「今だ、……名前なんだっけ」
やべっ、あいつの名前を聞くのを忘れていた。
「そこのダークエルフのお前、今だ!!」
これで通じただろ。
「………………」
何だ、名前忘れたから怒ったのか? いや、そもそも名前なんて知らないし……、あっ!! あの女、またアンパン食べていやがる。そうかアンパンを食べていたから口がふさがって呪文を唱えることが出来なかったのか。いいかげんにしろよ、地球が滅びそうになっている時に。
よし、もうすぐ食べ終わるぞ……、食べ終わるぞ……、終わるぞ………………、っていつまで食べているんだよ。飲み込め、噛んでいないで飲み込め。まったくトロイ女だ。もういいや自分一人でやるわ。それにしてもこいつのパーティーは一度も俺の役には立たなかったな……。
「ぐわぁぁぁぁっっっ!!!!」
ふう。呪文を唱えている途中だから一撃で倒せたな。それにしてもこいつは間抜けだな、あんな隙きを作ってまで太陽を落下させようとするなんて。まあ、それほど俺が憎い相手だったってことか。親父もずいぶん恨まれるようなことをしたものだな。
そうだな。子供のこいつの立場からすれば、こいつの親を殺した俺の親父は悪人だものな。なんか、こいつに悪いことをしたわ。悪いことをしたのは俺じゃなくて親父なんだけれども、一応謝っておくわ。心の中でだけれどもね、ゴメン。いや、その必要もないか、みね打ちでこいつの命を助けてやったんだから。
「なぜ、私を殺さなかった」
「そうよ、なぜ殺さないの?」
万引き犯のお前は黙っていろよ。今は魔王と俺の話し中だ。戦闘中ずっとアンパンを食べていたお前が出る幕はない。
「別に……、ただ俺はあんたに恨みとかなかったからな」
「私は魔王だぞ」
「そうよ。やっぱり殺すべきだわ」
この万引き犯は自分が万引きするだけじゃなくて他人に殺人を勧めるんだな。顔はかわいいけれどもヒドイ女だ。
俺は生き物は殺さないことにしているんだ。それが俺のポリシーってやつ。俺はただの道具屋のバイトだけれどもそのポリシーを曲げるわけにはいかない。
そんなことを万引き犯のこの女に言っても分からないだろうな。それよりも、それよりもだ。俺には他にすることがある。そっちの用事をまず済ませよう。
「出して、出しなさいよ」
「じゃあ、後はよろしくお願いします。」
俺は彼女を警備隊の事務所に連れてきた。彼女は牢屋の中だ。それはそうだ、彼女は万引をしたんだからな。見逃すわけにはいかない。顔のかわいい女の子だから見逃すと思った? 甘い、甘い、甘すぎるよ。俺は辛い男だからな。カレーを食べるときもいつも辛口しか食べないくらいのな。
……今、じゃあ何でアンパンなんて食べるんだって思ったでしょ。たまには甘いもので口直しもしたくはなるんだよ。たまにはね。
これにこりたら二度と万引き何かしようと思うなよ。まあ、無理か。ダークエルフだしな。ダークなやつには犯罪をするなと行っても無理な相談だよな。
あっ、携帯にメールだ。店長からだ『いつまで油を売っているんだ。早く帰ってこい』そうだった店に鍵をかけたままほうっておいたんだった。すぐに帰らないと店長に怒られてしまうぞ。あそこを首になったら、後は他にバイトなんかないんだからな。この魔王の城の近くでは。
じゃあ、そういうわけで俺はいくわ。じゃあ、あばよ!! 別にかっこつけて言っているわけじゃないぜ。別れの挨拶をしているだけだからな。
じゃあ、あばよ!!
って、これで終わりじゃないんだぜ。ここからが始まりだ。
どういうこと? って思ったでしょ。今までのはプロローグにすぎないわけだよ。本編はこれから始まるのさ。俺とあいつの物語がな。
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